第60話 信頼を重ねて

 翌日の新年会は盛況の内に終わった。


 この時はルノルノも給仕に回り、ミチャの指示を受けて手伝った。


 さすがにこの日は忙しく、フィアロムが何かしてくることはなかった。


 その次の日、ルノルノは朝から下腹が痛かった。生理周期はまだまだ安定しない。今夜あたりに来るのかな、と薄々予想する。


 この日はパーティーの片付けの日。準備同様、片付けも一日仕事だ。


 ルノルノは片付けの合間を見付けて馬の世話に行った。フィアロムも同じように来ていたが、何もしてこなかった。それが逆に気まずい。無心で仕事をしていると、彼は突然ルノルノに近づいて来て、耳元で囁いた。



「ルノルノ、また君を可愛がりたいんだ。今度はちゃんと君を犯してあげる」



 何を言われたのかは分からないが、気まずい空気が払拭されたような気がして、少し安堵した。


 その日の夕方、片付けを終えたミチャとルノルノは夕飯を食べに食堂にやって来た。



「よっ、ウルクス」



 ミチャはウルクスを見つけ、気軽に寄って行く。一方でルノルノにとっては未だに身構える相手だ。子作りを意識するようになって多少ましにはなったが。



「こうして落ち着いて喋るのも久しぶり」



「何かと忙しかったからな」



 イマーラの急変から年末年始まで、イベント続きだった。二人とも色々と駆り出され、ウルクスの言うように何かと忙しかった。


 ミチャは羊肉マトンの切れ端を一切れ口に放り込んでから、ウルクスの顔も見ずに聞いた。



「で、ウルクスさぁ……今晩暇?」



「今夜は非番だ」



「じゃあ暇じゃん」



「そうだな」



 ウルクスも目を合わさずに答える。



「こっちはそろそろ準備出来てるよ」



 ミチャはようやくウルクスの方を見た。


 本当は準備が出来たとは言い難い。ただ、フィアロムの強引なアプローチに焦っただけである。


 だがウルクスに言ってしまった以上、もう後戻りは出来ない。


 彼の目に獲物を狙う野獣の光が灯った。



「今夜二十三時、部屋開けとくから。来て」



「分かった」



 ウルクスはそれだけ言うと席を立った。


 いよいよだ。


 この子はウルクスに蹂躙される。その「過程」を自分は特等席で見るのだ。


 ミチャはルノルノの方を向いて言った。



『ねぇ、ルノルノ』



『うん?』



『ウルクス、子作りしてもいいってさ』



『え……』



 ルノルノは動揺を隠せなかった。



『何驚いてんの。そのためにこの前の奴隷会で、じっくりみんなの子作りを観察したんでしょ』



『うん……』



 ルノルノは俯きながら頷いた。


 どうも気が乗らない。


 でもミチャがせっかく準備を進めてくれたのだ。


 自分はミチャを信じている。


 強い子種を持っている男と子作りすることだけを考える。それが奴隷。ミチャに教えてもらった心得みたいなものだ。


 もう自分は人じゃない。奴隷なのだ。ウルクスはミチャが勧める人だからきっと大丈夫。



『分かった。今夜?』



『うん。今夜』



 奴隷会で男に犯される女達の淫らな姿を思い出す。自分もあんな風になっちゃうのかな、と内心不安と期待が入り混じる。



『……ミチャもいてくれる? ……ミチャがいてくれないと怖い』



『……うん、分かった』



 ミチャはルノルノの可憐な顔を見つめた。


 急にルノルノと過ごした日々が蘇って来る。


 一緒に剣を練習した。馬の世話の手伝いもした。ポーチもプレゼントされた。競馬では一生懸命応援した。二人でデートして食べ歩き、首飾りも綺麗にしてもらった。手を繋いで一緒に歩いた。時には抱きしめて一緒に寝た。彼女は何度もあどけない無垢な瞳を自分に向けてくれた。


 胸が苦しくなるのを感じる。


 今自分はとんでもないことをしているのではないかという疑問が湧いて来る。


 このままでいけば、ルノルノはシュガルの愛人となり、贅沢で幸せな生活を手に入れられるはずだった。


 それを自分の醜い欲望のためにウルクスの餌食にし、奴隷の奴隷妻という最下層の身分に蹴り落としてしまうのだ。


 あんなに打ち解けて、仲良くなって、自分のことを全面的に信頼してくれたのに……それを全て裏切るのだ。


 良心が痛む。


 しかしもう一人の自分がそれを否定する。


 単に情が移っているだけ。気にするな。この子は邪魔者なのだ。自分の将来のために排除しなければならない相手なのだ。これは仕方がないことなのだ。



『私、ミチャがいてくれるなら、頑張れる』



 ルノルノはミチャの手を握って、覚悟を決めたように言った。


 二人の手は氷のように冷たかった。


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