第59話 秘められた劣情

 奴隷会は九日間も行われた。それだけの期間ルノルノを見学させていると、彼女も少し興味をもって男女の交わりを見るようになっていた。



『少し分かってきた?」



 ミチャは頬を紅潮させながら男女の交わりを真剣に見ているルノルノの股間に手を入れて何気なく確認してやると、しっかりと女の反応を見せていた。


 正直良い感じで仕上がっている。


 少し厄介だったのはフィアロムとクロブだ。彼らはちょくちょくやってきてはルノルノにちょっかいをかけていった。それに対し、ミチャは目を光らせてルノルノを守った。


 九日目が終わった翌日の十六時頃にシュガル達が帰って来た。


 シュガルの母親イマーラはシュガル達が到着した次の日に亡くなったそうだ。


 アルシャハン教での葬式は簡素である。死後一日以内に埋葬され、死者とアルシャハンに捧げる祈りを行って終わる。その後は死後三日目、八日目、四十日目、百日目に祈りの儀式が行われる。シュガル達は最初の三日目と八日目の儀式を終わらせてから帰宅したことになる。


 玄関から入って来たシュガル達を、クロブを中心とした奴隷達が並んで出迎えた。ルノルノも同じように並んで出迎える。こうして澄ました顔で並んでいるのを見ると、昨日まで発情した家畜のように交尾していた人達とはとても思えなかった。


 ミチャには昨日までの出来事は全部内緒にしなければならないと教えられている。ミチャがそう言うならそれが正しいのだろう。



「おかえりなさいませ、シュガル様」



「うむ。特に変わったことは?」



「ありません」



 シュガルが上着を脱ぐと、彼の横にクロブはすっと控えて、その上着を恭しく受け取る。



「寒いな」



「まもなく年も明けますからね」



 暦の上では十二月二十九日である。


 ルノルノは冬の生まれだ。だから一年が始まる頃に誕生日を祝われていた。だからもうすぐ祝われていた頃かな、と思い出す。



「旦那、思ったより元気そう」



 シュガルの顔色が意外に良いのでミチャは少し安心した。



「人が亡くなるのもアルシャハンの思し召しだからな。悲しいことは悲しいが、あまり悲しみ過ぎるのもアルシャハンの意思に反することになり冒涜となる。……さて、クロブ、コーヒーの準備をしてくれ。ラーマとミチャは俺と一緒に来い」



 皆がそれぞれの持ち場に散っていく。ルノルノは一人玄関ホールに取り残された。


 奴隷となってから八か月近く経つが、言葉が喋れないルノルノはまだここに溶け込めた気はしない。唯一喋ることが出来るミチャはシュガルから可愛がられているため、彼の近くにいることも多い。だから彼女を取られると途端に一人ぼっちになる。


 ルノルノは寂しくなって馬場の方へ向かった。倉庫へ干し草と飼料を取りに行く。



「ルノルノ、お疲れ様」



 不意に声がした。フィアロムだった。



「ミチャはいないのか。一人かい?」



 身振り手振りを交えてフィアロムがそう言った。ルノルノは意味が何となく分かったので頷いた。



「そっか」



 奴隷会の何日めかで彼がアゴルと一緒に激しく女を犯していたところを見ている。二人きりだとかなり気まずい。



「ルノルノ」



 名前を呼ばれたのは分かる。フィアロムの方を向いた。


 すると彼の大きな手が頬に添えられ、そのまま頭を撫でられた。


 気まずさが増す。


 すると彼の手がゆっくりとルノルノの体をなぞっていった。


 ルノルノはフォークを取り落とした。


 彼女にははっきり分かった。


 彼は自分のことを女として接している。


 ルノルノは突然怖くなった。際どいところを愛撫しようとするフィアロムの手をぎゅっと握って遠ざけようとする。彼はそれ以上無理強いせず、ルノルノを解放した。



「可愛いね」



 再び気まずくなり、何も言わず作業に戻る。フィアロムはそんなルノルノに微笑みかけてから、同じく作業に戻った。


 翌日もフィアロムはルノルノとの体の触れ合いを楽しんだ。今度は少し強引に、ルノルノの際どいところにも触れて来る。


 ルノルノは一瞬怯えたが、奴隷会での彼の行為が思い出され、異様な興奮を覚えて少しの間だけ彼に身を任せた。その後思い直してすぐに拒絶はしたが、ミチャの狙い通り、奴隷会の魔力は確実にルノルノの心を蝕んでいた。


 十二月三十一日。この日は特別な日だ。新年パーティーのための準備を行う。


 新年パーティーは毎年盛大に行われる。シュガルの母が亡くなってすぐではあるが、だからこそ故人を偲んで盛大にやる。


 当日は豪華な食事が用意され、「アンテカール」の幹部達も集まり、その家族もやって来るのである。とにかく規模が大きいので準備も一日がかりだ。


 しかし馬番のルノルノとフィアロムはいつも通り馬の世話があるので、準備の合間を縫って厩に行った。


 フィアロムは誰も来ないことを良いことに、ここぞとばかりにルノルノの体を愛撫した。



「感じているね」



 ルノルノの体を楽しみながらそう囁く。もちろん何を言っているのかはルノルノには分からなかったが、男との交わりをここまで強烈に意識させられることはなかった。



「入れたくなるよ」



 彼はルノルノの体が徐々にこなれていくように感じ、ほくそ笑んだ。



「ルノルノも触って」



 自分の怒張を触れさせ、ルノルノを慣れさせようとした。


 ルノルノも戸惑いながらも初めて触れる男に興味を示す。


 淫靡な空気に包まれ、彼の白濁した欲望がその小さな手を汚した。



「ふふ。どうだい? 男に触れた気分は?」



 フィアロムは持っていたタオルでルノルノの手を拭き取ってやる。


 しかし染みついた男の匂いが消えることはなかった。








 ルノルノが屋敷に戻ると、ミチャが忙しそうに物品を運んでいた。



『ルノルノー、これ、中庭に運んでー』



『あ、うん』



 ミチャはルノルノのどこか抜けたような放心しているのを見て取った。



『どしたの?』



『え? ううん、何にもないよ』



 ミチャははっと気付いた。


 そう言えばフィアロムとルノルノは厩で二人きりになる機会があるじゃないか。



『フィアロムと何かあった?』



 ルノルノは首を横に振ったが明らかに動揺している。



『何かした?』



『してないよ……』



 その時、ミチャはルノルノの手から男の匂いを微かに感じ取った。



『……フィアロムとしたの?』



 ミチャは少し語気を強めた。


 ルノルノは首を大きく横に振った。


 嘘が上手な子ではない。ミチャはそれは信用した。



『それはだめよ。ルノルノ。フィアロムはだめ。いい? ルノルノ。勝手なことしないで。お願い』



『ごめんなさい……』



 いっそのことフィアロムに全てを託すというのも一つな気がしたが、やはり気に食わない。「過程」のこともあるし、ルノルノを思い通りに動かしていいのは自分だけという独占欲もある。ルノルノのことで人に先を越されている感じも何だか嫌だった。



(仕方ない……。計画を早めよう……)



 「過程」を堪能しつつ「結果」を受け入れる準備をしたかったが、もうそんな猶予は残されていない気がした。


 早くウルクスに手渡そう。


 ミチャは「結果」を受け入れる覚悟を無理矢理決めた。


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