第58話 悪徳の宴

 夕飯を食べた後、ミチャとルノルノは風呂に入った。今日は女の奴隷達が多い。みんな念入りに体を磨き、香油を付けて良い匂いをさせている。


 大浴場には香油の大きな壺が三種類置いてあり、好みの匂いを付ける。上級者になると香油を組み合わせて新しい香りにし、髪に馴染ませる者もいる。


 みんな異様なぐらい女磨きに余念がない。


 ミチャもルノルノもそれに倣う。体毛も全て処理して肌を滑らかにし、香油を塗りこんで良い香りがするようにした。


 さらに歯を磨き、ハッカと香草を口に含んで口臭も抑える。



『また草食べるの……』



 ルノルノは香草を嫌そうな顔で噛んだ。


 準備が終わったら、あとは二人でベッドに寝転んで、他愛のない話で時間を潰す。



『ルノルノはさー、出来ればこんな人と子作りしたいなーっていうのはないの?』



『分かんないけど、ミチャが言うように逞しい人が良いのかなって思ってる』



『じゃあ、ウルクスでいいじゃん』



『ちょっと怖いかな……』



『でも男として子種は強そうじゃん?』



『でも、ウルクスさんにも選ぶ権利あるから』



 ミチャはルノルノの顔を覗き込んだ。



『もしかして満更でもない?』



『強い男の人って意味ならありかな。あとはジェクサー先生とかも強そうだよね』



 確かにジェクサーは綺麗な顔をしている。彼と子作りも確かに魅力的ではあるが、ミチャは少し苦手だ。



『ジェクサー先生、奥さんいるしなぁ』



『そうなんだ』



『厨房で働いてるから、あんまり見ることないかもね』



 ミチャはルノルノの頭を軽く撫でた。



『ルノルノはウルクスみたいな強引なぐらいの男の方が絶対いいって』



『うん……まぁ、そうかもね』



 意外な好反応に、ミチャの心がもやもやと揺らぐ。



『さ、ちょっと水時計見に行こっか』



『うん』



 ルノルノはミチャと一緒に玄関ホールの正面に置いてある水時計を確認しに行った。同じように時間を確認しに来た奴隷がちらほらといた。


 二十二時を少しだけ過ぎている。



『よし、行こ』



 ルノルノは急に不安になったのか、少し怯えたような表情になった。



『なーに、大丈夫だよ』



 ミチャとルノルノは自分達の部屋よりさらに進んだ突き当たり、一番奥にある部屋の前までやって来た。ここは未婚の男達の雑魚寝部屋である。


 中に入ると独特の匂いが二人の鼻腔に突き刺さる。ルノルノにとって初めての匂いだった。ミチャにとってはその生々しい匂いが媚薬となる。男と女の汗と体液の匂い。ルノルノは不安を強めて思わずミチャの服の裾を掴んだ。



『大丈夫、怖くないよ』



 燭台が灯されて明るく照らされた室内は淫猥な空間だった。あちこちで男と女の劣情が交錯している。



『何これ……』



『すごいでしょ』



 ルノルノはやり方は知っていても、人間の性行為をこんなに間近で見るのは初めてだ。思わず目を逸らした。



『目を逸らしちゃダメだよ。よく見て。こういうことして子供が出来るんだよ』



 ルノルノも頭では分かってはいたつもりだった。分かっていたつもりだったのだが、実際に目の当たりしたこれらの性行為は何かが違う。


 ルノルノの想像では、もっと愛に満ちた神聖な営みのように考えていた。しかし目の前の光景には狂気を感じる。それだけ皆が我を忘れている光景は異様だった。



『なんか、怖いよ……』



 ミチャにはルノルノが何に怯えているのか分かっていた。彼女は人から理性を奪い、人でなくしてしまう性の魔力に怯えているのだ。その不安な表情が何とも言えずミチャの嗜虐心をそそる。



『いい? ルノルノ。これが奴隷ってやつ。奴隷には恋愛なんて必要ないって分かったでしょ? 羞恥心もなく、家畜のように人前で誰とでも交尾をし、曝け出す。普通の人とは違う。こういうものにルノルノはなっちゃったのよ』



 ミチャはルノルノを見て思う。


 ここにいるのは三年前の自分だ。


 ここで見られる開放的な性は多感な少女の心を蝕んでいくだろう。


 恐怖が興味に変わった時、少女の中に残っている人としての尊厳は崩れ去る。


 その時初めて身も心も奴隷になるのだ。


 ルノルノは今その「過程」の入り口に立った。


 これから性の魔力に取り憑かせていくのだ。


 その先にある「結果」は、とりあえず考えないことにした。


 その時、裸の男が二人、ミチャとルノルノに近づいてきた。


「やあ、ミチャ、ルノルノ」



 二人はそっちの方を見る。一人はウルクスほどではないが筋骨隆々とした、ルノルノの知らない男だった。もう一人はフィアロムだ。



「あら、アゴル、フィアロム。休憩?」



「あぁ、二人で回してた女が先にイッちまったからな」



 アゴルと呼ばれた男はつまらなそうに答えた。


 フィアロムはルノルノに微笑みかけ、いつものように話しかけた。



「来てくれて嬉しいよ、ルノルノ」



 口調はいつも通りだが、裸というのがルノルノを怯えさせた。


 しかし彼は気にした様子もなくルノルノの隣に座り、そっとルノルノの太ももに手を置いた。



「ルノルノのことはもう少し知りたいと思っていたんだ。君の可愛い体に色々と覚えさせたいよ」



 太ももをゆっくりと撫でまわす。ルノルノはびくっと震え、ミチャにしがみついた。



「こら! フィアロム! やめてって! 嫌がってるでしょ!」



 ミチャに咎められ、彼はばれたかと言うように舌を出して手を引っ込めた。



「あはは、ごめんごめん。つい、ね」



 フィアロムはルノルノの頭を軽くでるとゆっくりと立ち上がった。



「まぁ、ゆっくり見学しておきなよ。それじゃ、僕はこれで失礼するよ。また心の準備が整ったらかな」



「お、もういいのか?」



 アゴルはフィアロムがルノルノを口説きにかかるものだと思っていたらしい。意外にあっさりと引いてしまったことに拍子抜けしたような顔をして、フィアロムを追って立ち上がった。



「まぁ、今は時期尚早かな。また機会があればね」



 フィアロムはそう言ってアゴル共々離れて行った。


 あの二人はどういう趣味なのか、二人で一人の女を回すのが好きなようだ。



(油断も隙もない……)



 フィアロムは積極的にルノルノを狙っているようだ。シュガルの女を横取りしようとする以上、ルノルノと結婚する気があるということなのか。それともクロブのようにただ味見したいだけなのか。


 ルノルノをシュガルの愛人候補から外すというミチャの目的のためなら別にフィアロムを止める理由はないのだが、自分のペースを乱されるようで、フィアロムに託すのは嫌だ。



(フィアロムに託したら「過程」が見れないもんな……)



 ミチャは自分をそう納得させた。



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