第57話 悪徳の誘い
翌日の夕食時、クロブがミチャのところにやってきた。相変わらずにこやかな笑顔で話すが目にはいやらしい光が灯っている。多くの女奴隷を食い物にしてきた男である。未だ彼に抱かれていない女奴隷なんて数えるほどしかいないのではないだろうか。
「ミチャ。今日集まることにした。お前さんも来るだろう?」
「奴隷会するんですか?」
思わず声のトーンを下げて言ってしまう。別に聞かれてもみんな参加するだろうから問題ないのだが、気持ちの問題である。
「あぁ。久しぶりにな」
「もちろん行きます。でも、あたし……」
「分かっているさ。別に誰かと絡めとは言わんよ。お前さんが来てくれるだけでも華やぐからいい」
分かっているようで実はしつこい。もちろん傍若無人に見えるクロブも、シュガルは怖い。ミチャを抱けばクレミの時と同じような目に遭うだろう。だから処女を奪おうとは思っていない。
しかしちょっとぐらいは味見したいとは思っているはずだ。
ミチャはこのクロブの粘着質ないやらしさが嫌いだった。
だからこんな男に抱かれたいとは思わない。
「そう言ってもらえるんなら。で、いつです?」
ルノルノはクロブとミチャの会話を眺めていた。嫌そうな顔をしているのは単に野菜を食べるのが嫌だからであって、深い意味はない。
「時間は二十二時。場所は未婚の男奴隷達が暮らしている大部屋だ。それと……」
クロブはルノルノの顔をまじまじと見た。
「それと、原則、全員参加。当然、その子もな」
それだけ言うと、クロブはそそくさと立ち去った。
クロブもミチャに嫌われていることは知っている。
態度に出ている。
それを隠し切れるほど、ミチャも大人ではない。
だからクロブもミチャのことを生意気に思っている。
シュガルの威を借る小娘ぐらいに思っている。
波風立てないだけであって、お互い煙たがっていた。
『奴隷会やるって。夜の二十二時スタート。男の部屋でやるんだってさ』
『随分夜だね』
ルノルノは苦手な野菜を何とかやっつけて、今度は好物のアルファーン料理、タントンに手を伸ばそうとしていた。ルノルノはタントンに使われている肉の香辛料が気に入っていた。
『日中は何だかんだでみんな仕事あるからね。みんな集まりやすいのは夜になっちゃうのよ』
ラガシュマ族は時間の観念が極めて大まかである。太陽が昇れば朝。南の空に昇れば昼。沈めば夜。それが一周したら一日。あとは月の満ち欠けで一か月。それが十二回で一年。これが基本である。
後は三年に一回、一年が十三か月になったり、一か月が一日増えたりする。その辺りは族長とか偉い人が決める。そして毎年の新年の日を族長が決めるのである。だからどうやって新年が決まるのかは知らない。
日付や時間というものをルノルノが意識するようになったのはメルファハンへ来てからだ。正面玄関にある水時計の読み方を教えてもらったお陰で、零から二十三までの数字も読めるようにはなっている。
ちなみにルノルノが奴隷になった日はアルシャハン暦千一年の五月九日。これは奴隷契約書に明記されているので間違いない。そこから逆算すると、放浪した日数が曖昧なので正確な日は分からないが、四月の前半ぐらいにラガシュマ族は滅んだということになるのだろう。
『久しぶりの奴隷会だから何だか緊張するわ』
『初めてだからよく分かんない』
一つのタントンを食べ終えるともう一個のタントンに手を伸ばす。ルノルノがもふもふ食べている様をミチャはぼんやりと眺めた。
奴隷同士の子作りには興味は示した。
今回の奴隷会で人間の交わりを十分見てもらう。
そこで慣れたらウルクスに彼女を託せば良い。しかしそこには必ず見たくない「結果」が伴う。
(あたしもどこかで折り合いをつけなくちゃな……)
ルノルノの頬に付いているソースを拭いてやる。
「何であたしの前に現れたんだか」
好物を頬張るルノルノを見て、思わずその頭を撫でてしまう。
「あんたがいけないんだよ。あたしの人生を邪魔しようとするから」
ミチャのトゥルグ語の呟きに、ルノルノは無垢な瞳で応えた。
ミチャは胸の奥が少し痛んだような気がした。
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