第56話 子供を作るということ

 その夜、ルノルノはなかなか寝つけなかった。夕方に寝たからかな、と思った。


 ミチャの横で天井をじっと眺めていた。


 冬になって寒くなったので、今毛布は二枚重ねで寝ている。ミチャの毛布と集落を出て来る時に持ってきた自分の毛布だ。この自分の毛布にくるまっているとマフの懐かしい思い出が蘇ってくる。



『ルノルノ、起きてる?』



 不意にミチャが声をかけてきた。



『うん、起きてるよ』



『シュガルの旦那がいないと、みんな明日ゆっくりだから、多分夜更かししてるんだろうなー』



 ミチャは上体を起こしてランプの火を手元に手繰り寄せた。



『そうだね。でも私は早く寝て明日に備えないと』



 馬の世話がある。いつも通り朝早く起きて、ご飯を食べさせてあげなくちゃいけない。



『ルノルノは真面目だねぇ』



『遊牧生活に慣れてるからだよ』



 夜明けと共に起きる生活。ルノルノの生活リズムはそちらの方が普通だ。


 ミチャはルノルノの頭を撫でながら別の話題に変えた。



『旦那のお母さんって言ったら結構な年な気がするけど、大丈夫なのかなー』



『シュガル様のお母さんってどこに住んでいるの?』



『ベルセス地区って言って、ここからずっと南に行ったとこに住んでるみたいよ』



『遠そう』



 ルノルノは起き上がってミチャの手を握った。ミチャも握り返す。


 ルノルノのこういう何気ない行為は無意識なのだろうがミチャにはあざとく感じる。しかし同時に可愛く思えてしまうから厄介だ。



『ラーマさんも行ったんだよね』



『まぁ、夫婦みたいなもんだし』



 ルノルノが不思議そうな顔をした。



『夫婦じゃないの?』



『違うわよ。結婚してないもん』



 そうなんだ、とルノルノは呟いた。いつも一緒にいるからてっきり夫婦だと思っていた。



『そういえば子供もいないね』



『出来ないみたい』



『そうなの?』



『うん。子作りしてるけど出来ない』



『じゃあシュガル様には子供いないんだ』



『いるわよ』



『どういうこと?』



『前の奥さんとの子供がいるの。その奥さんはもう死んじゃったみたいだけど。息子さんはうちの組織の幹部だよ。バルナーって人で、どこだったかな。そんなに遠くないとこに住んでるのよ』



『そうなんだ』



 だから子種はある。ミチャにとってそれは大きな意味がある。子供の出来ないラーマより先に子供が出来れば、もしかするとシュガルの寵愛を奪うことが出来るかもしれないのだ。



『私も、いつか子供作らなきゃいけないのかな……』



『そりゃ、いつかはね』



 ルノルノの疑問にミチャは明快に答える。


 ルノルノは夕飯の時に聞いたミチャの言葉を思い出していた。


 奴隷で信じられるのは「恋愛」ではなく「性欲」。


 でも「恋愛」を度外視して子作りすることなんて可能なのだろうか。



『ねぇ、ミチャ。子作りする相手ってどういう基準で選ぶの? やっぱり好きって気持ちがないと、作れないんじゃない?』



 するとミチャは首を横に振った。



『男に身を任せてたら勝手に作ってくれるよ。男はとにかく棒を穴に入れたくて仕方ない連中なんだから』



『棒? 穴?』



 ルノルノには隠語が伝わらない。ミチャは苦笑いした。



『穴はルノルノにもある、大事なところ。ここよ、ここ』



 自分の股間を指差した。


 ルノルノは恥ずかしくなって顔を俯かせる。



『棒は男の股についてるものよ。見たことない?』



『ん、お父さんのなら着替えの時とかに何度か見たことあるけど……』



『あれが女の中に突っ込むことで子供が出来るのよ』



『あぁ、うん……。それは知ってる……。家畜の交尾も何度も見たことあるし……』



『そっか。じゃあ一通りは知ってるのね』



『うん……』



 その手の話は初潮を迎えた十歳の頃にリエルタから聞いている。



『じゃあ話は早いわ。とにかく、男は女とやりたがる生き物だから、身を任せていたら勝手に始めてくれるわよ。あとはルノルノがどの子種が欲しいかを選ぶだけ』



『どうやって選ぶの?』



『まぁ、選び方は人それぞれだとは思うけど……。頼りない男よりも、力強い逞しい男の方がいいんじゃない? その方が丈夫で強そうな子が産めそうじゃん』



 ミチャはそう言いながらも、何とも言えない複雑な気持ちになる。


 ルノルノは本当に可憐だ。そのくせ出会った頃よりもほんの少し成長して、体も少し女らしい丸みを帯び、性的な魅力をほのかに醸し出すようになっている。


 この魅力的な少女が性の魔力に囚われ、快楽に打ち震える姿は見てみたいというどす黒い欲望は常に渦巻いている。しかし同時に子を成して人の妻になっている姿はあまり見たくない。


 「過程」は見たいが「結果」は見たくない。


 何だろう、このもやもやとした不均衡な感情は……。


 それを振り払うかのように、ミチャは提案してみた。



『子供、作ってみたら?』



『いつ?』



『近い内に。どうせ先延ばしにしても仕方ないじゃん』



『誰と?』



『ウルクスとか』



『確かに逞しいけど……』



 ルノルノは考え込んだ。


 満更でもない態度だ。


 ミチャは少し慌てた。口にはしてみたものの、まだ「結果」を受け入れる心の準備は出来ていない。



『……ま、まぁ、相手は慌てなくていいからさ。とりあえず子作りのイメージを作ってみよ』



『子作りのイメージ?』



『人間の子作り、見たことないでしょ?』



 ミアリナとオルハンが隠れてそれっぽいことをしていたのを離れたところから見たことはあるが、まじまじと見たことはない。



『うん、まぁ……』



『だからそれを見て、とりあえずイメージを作るの。そうすれば、相手探しのイメージも作りやすいでしょ』



 ルノルノはよく分からなかったが、ミチャが言うならそれが正しいのだろうと思った。



『ミチャがそう言うなら、そうする』



 そろそろ眠気が襲ってきた。


 ミチャはルノルノと共に毛布に潜り込み、そっと彼女の小さな体を抱き締めた。


 「過程」のためには「結果」を受け入れなくてはならない。しかしそうなればこの温もりをいつか手放さねばならない。それが今は何となく惜しいように感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る