第52話 衣装の採寸

 ルノルノの調教師および騎手としての才能を見出してから、シュガルは彼女を時々大衆競馬に出そうと決めた。


 そのことを何気なくラーマとの雑談の中で言うと、その翌日、彼女は妙なことを始めた。


 秋も深まって来たこの日のお昼過ぎ。ラーマはルノルノとミチャをシュガルの書斎に呼び出した。



「はい、ルノルノちゃん、後ろ向いて」



 ミチャに通訳してもらいながらルノルノの服を脱がせて下着姿にすると、身長、手の長さや足の長さ、肩幅、胸周りや腰回りなどを測り始めた。



「何してるんだ?」



 シュガルがその様子を見て訝しむ。



「採寸よ。ルノルノちゃんの服は一着しかないし、新しく服を作ってあげるのよ」



「なんだ、ガラシュマ族かなんかの服でも作るのか?」



「ラガシュマ、ね」



「どっちでもいいさ。何でわざわざ遊牧民の服を作って着せる必要がある? 好奇の目に晒されるだけだぞ」



 ラーマは気にせずルノルノのサイズから服のデザインを決めていく。元の服を参考に、出来るだけアレンジは加えず、現存の形のままに作ることに拘る。



「競馬では民族衣装着て出たでしょ。今後も出るんなら作っとかなきゃ。やっぱり遊牧民の子なんだから勝負服は民族衣装の方が良いでしょ? それに、服を作るのって楽しいわよ?」



「ふん。好きにするがいいさ」



 ラーマはくすっと笑って作業を続けた。ルノルノが着ていたトップスのシェクラとボトムスのルサックを元に、紙に服のデザインと概要を書き込んでいく。



「糸は綿花じゃなくて羊毛なのね。紋様のパターンがこれしか分からないのは残念だけど、糸の色を変えたら変化つけられるかしら」



「でもこの年齢になるとあんまり背も伸びなくなりますよね」



 実際ミチャもここ一、二年はそんなに伸びていない。せいぜい数センチぐらいだ。もっとも、ミチャは同じ年頃の女の子の中では少し背が高く、大人びている。小柄なルノルノとは真逆であった。



「そうねぇ……でも少しだけ大きめに作っておこうかしら? これぐらい」



 言葉が分からないルノルノでも、さすがに服を作ってくれていることぐらいは分かる。ルノルノの上下は元々母親が作ってくれたものだった。それをラーマがやってくれることはとても嬉しいことだった。



「そうですねー。ルノルノって年の割には小柄な方だし、どうでしょうね。急に伸びたりするのかな? 大き過ぎません?」



「うーん、そうねぇ。どこまで伸びるか分からないから、子供の服って難しいのよね」



 女子の身長は大体十歳から十三歳ぐらいまでが一番伸びる。その後は伸びも落ち着いて来て、十五ぐらいになればほぼ大人に近い体型になるのが普通だ。そういう意味ではルノルノは十四歳。伸びるとしてもあと少しだとは思う。ただ実際は個人差もあるので一概には言えない。



「色違いでとりあえず二着ぐらい作っておこうかしらね。また大きくなったら二、三着作るって感じで」



「いいんじゃないですかね」



「この際、ついでにミチャちゃんのも作ってあげるわ」



「えー、あたしのカルファの民族衣装って知らないですよ?」



「大丈夫よ。ミチャちゃんが昔持っていたのがあるから紋様のパターンは分かるわよ?」



「あ、まだ持ってたんですか、あれ……」



 ミチャはメルファハン生まれだから民族衣装なんて着た記憶なんてない。


 ただ父方の祖母から譲り受けた子供用の民族衣装は持っていた。三歳児のもので、祖母が着ていたものだからかなり古い。


 ミチャも幼い頃には着たらしい。祖母の形見として捨てられず持っていた。シュガルの下に来てから荷物は全部没収されてしまったので、とっくに捨てられたものと思っていた。


 ラーマは一旦自分の部屋に戻ると、しばらくして小さな古びた三歳児用のカルファ族の民族衣装を持って出て来た。



「これでしょ?」



「うわ……なつかしー……持って下さってたんですねー」



 保存状態は良い。カルファの伝統的刺繍がはっきり残っており、確かにこの通りに作ればミチャの体型に合った民族衣装は作られそうだ。



「あー、でも、あたしが着る機会なんて無いですし……」



「いいから、いいから。ほら、後ろ向いて」



 ミチャも下着姿にされて採寸される。



「ミチャちゃんのはぴったりぐらいに作っておくわね」



「はぁ……どうも」



 何か強引に決められたが、多分ラーマが作りたいだけなんだろうな、とミチャは思った。


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