第51話 ミチャの家族
『ミチャはどうしてここに来たの?』
しばらくの沈黙の後、今度はルノルノが聞いた。
『あたし?』
ミチャは少し考えていた。
『あたしは結構自分の人生は波瀾万丈だと思ってたけど、ルノルノの話を聞いた後だとまだ幸せなのかなぁ、なんて思っちゃうな』
ラーマはよく人生に優劣は無く、みんな同じように楽しいことと苦しいことを経験していると言う。
しかしミチャはそれに否定的だ。ましな人生を送っている人もいるだろうし、酷い人生を送っている人もいる。そして酷い人生を送らざるを得なかった人は人一倍努力しなければより良くならないとも思っている。
十六年しか生きていない自分が人生を語るとシュガルあたりには笑われるだろうが。
『まぁ、面白い話じゃないけどね。……あたしは生まれも育ちもメルファハンなんだ』
ミチャの父親はカルファ族の出身である。何代か前の先祖はアヴェル砂漠の近くで遊牧を営んでいた。
しかし五十年前、寒冷害と旱魃が立て続けに起こった。大災害の影響で多くの家畜が死に絶え、数多くの遊牧民達が難民となって、街へと流れていった。その中にミチャの曽祖父もいた。
難民達は奴隷になったり傭兵になったり裏組織の構成員になったりした。また若い女性では娼婦となる者も多かった。中にはギャング団を組織し、徒党を組む者達もいた。
『あたしが生まれたのはそんなカルファ族達が集まって暮らしている貧民街の一角だったんだ。母親は娼婦。父親はカルファ族のギャング団の一員だった』
母親はサヴール人だったがカルファ族に混じって生活していたためかカルファ語をよく話した。一家の共通語はカルファ語とトゥルグ語だった。だからミチャは両方しゃべることが出来た。
『あたしの剣術は、父親に教えてもらったんだ。教えて貰ったって言っても基本の型を何個か教えて貰っただけだけどね』
ミチャは父親が教えてくれた剣術を一生懸命練習した。近所の子供達相手に剣術ごっこをして遊んでもいた。ラガシュマの伝説を聞いたのもこの頃である。
『あたしの母親は、場末の娼婦でね。そんないいところで働いてなかった。時には客を家にまで引っ張って来て事に及んでたよ。あたしにとって耳に残ってる母親の声はほとんどが喘ぎ声よ』
ルノルノは娼婦が何をする人達なのかよく分かっていない。だがじっとミチャの話を聞いていた。
『そしてあたしが七つになった時、父親がギャング団の抗争中に死んだ。背後から一突きされてそれで終わり』
そして母親と二人寄り添うように暮らしていたが、その母もミチャが十一の時に病気で死んだ。性の病気だった。
『あたしには母親の兄弟で二人親戚がいてさ。そこに身を寄せようとした』
だがミチャに注ぐ愛情も経済力も有していない彼らは、ミチャを売ることにした。最初は置き屋に売られかけた。だが奴隷として売る方が高かったらしく、結局奴隷として売られた。
『気がつきゃユン爺の元に送られてた』
そしてそこでシュガルに見出され、買われた。
『それで今のあたしがあるって訳』
ミチャはルノルノの頭を優しく撫でながらそう言った。
『面白くとも何ともないでしょ』
ルノルノはミチャの顔をじっと見つめた。
『辛かった?』
『んー、最初からそんな調子だから、辛かったのかどうかよく分かんない。昔のあたしには自由はあったけど貧しかったし、今のあたしは食べるのには困らないけど自由はないよね。どっちもどっちって感じ』
『そっか……』
『まぁ、このままだとつまんない人生だから、きっと乗り越えてやろうとは思ってるけどね』
ミチャは頭を撫でるのを止め、ルノルノを抱き寄せながら手を繋いだ。
(その時にはこの手を離さなきゃいけないのよね……)
ふと自分が欲張らなかったらどうなのだろう、と思い返す。ルノルノもシュガルの愛人になり、自分も同じく愛人になる。果たしてそれで暮らしていけるほどのお金が残るのだろうか。
『そっか……早く幸せになれるといいね』
「その時、あんたは落ちぶれるんだけどね……」
ミチャはトゥルグ語で呟いた。
『ん? 何て言ったの?』
『んーん、何でもない』
ミチャは目を閉じ、複雑な気持ちを抱えながら、眠りに落ちていった。
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