第50話 ルノルノの家族
夕方の帰る頃、ルノルノの首には二つの首飾りが揺れていた。
一つは祖母の形見の簡素な羊の革の首飾りだ。そこに括り付けていた髪はもう無い。
もう一つは遺髪を加工して作ってもらった首飾りだ。髪を輪状に加工された
『いいのかな……』
ルノルノが心配しているのは勝手に物を買ったことだ。ご飯のように消費されるものなら問題無いが、形残るものは財産とみなされてしまう。シュガルに没収される可能性もあるし、場合によっては処罰対象となる。もっとも首飾り程度ならそんなに重罪にはならないだろうが。
『大丈夫だよ。旦那もそこまで悪魔じゃないって』
ミチャはそう言って笑った。
『でも、綺麗になったじゃん。普通にアクセサリーとして見ても綺麗だよ。それにルノルノに似合ってる』
『ありがとう……』
ルノルノの顔に笑顔はないが、照れたように俯いた。
屋敷に着くと、真っ先にシュガルのところへ帰宅の報告に行く。
「ああ、帰ったか」
シュガルはコーヒーを飲みながら、ミチャとルノルノをじらっと見た。
「これ、お釣り返しに来ました」
ミチャはお釣りと買い物許可証をシュガルの書斎机の上に置いた。
しかし彼の視線はそこになく、ルノルノの首元に注がれていた。
ルノルノはびくっとした。奴隷の身でありながらこんなものを持つのは怒られてもおかしくない。
するとシュガルはコーヒーを一口啜り、ルノルノに言った。
「それは何だ?」
ミチャが代わりに答えた。
「ルノルノの家族の遺髪の首飾りです。加工して、ちゃんとした形にしてもらいました」
「そうか。似合っているな」
シュガルはそう言っただけだった。ミチャが訳すと、ルノルノはシュガルに跪いてお礼を言った。シュガルは表情も変えずもう一口コーヒーを啜った。
その夜、ルノルノとミチャは同じ毛布に包まった。
二人で夜遅くまでお喋りをした。
今日は何が美味しかった。あれが楽しかった。あそこに行けてよかった。行きたかったけど行けなかったところはまた行こう。そんな他愛ない温かい会話だった。
不意に、ルノルノはミチャの手をきゅっと握った。
『ミチャ……』
『うん?』
『ありがとう』
『そんな。礼を言うならシュガルの旦那によ。首飾りを持っていてもいいって言ってくれたんだし……』
『でも、ミチャのお陰だよ』
ルノルノはころんと寝返って、ミチャの方を向いた。
『ここに来る前、いっぱい悲しいことがあったけど、ミチャがいてくれるから頑張れる』
ミチャの中でふと疑問が湧いた。聞いて良いのかどうか分からない。しかしミチャはなぜか聞きたかった。
『ねぇ、ルノルノ』
『うん』
『ルノルノは何でここに来たの? ここに来る前、何があったの?』
言ってしまってから少し後悔した。思い出したくもないであろう過去に触れてしまったような気がしたからだ。
この組織に属している者は誰にだって人に聞かせるような過去は持っていない。それにあえて触れるのは野暮なことだった。
ルノルノは一瞬黙った。そっと目を閉じる。
ルノルノの頭の中を様々な光景が横切っていく。
心の中にある闇の部分が頭を擡げてくる。
その闇を形にするように、ゆっくりと語り始めた。
怒号が聞こえてくる。兵士達が迫ってくる。
自分とミアリナを逃そうとしてリエルタが弓を取り、ロハルが剣を取って奮戦する。
しかし数に圧倒されて、飲み込まれて行く。
ミアリナが言う。行きなさい、と。
キルスが走り出して自分だけが逃げ切り、ミアリナは兵士に捕まった。
その後何が起こったのか。
ほとんどの者は斬首された。
解体された者もいた。
妊婦は胎児を引き摺り出されて殺されていた。
オロム、セフタルら子供達はローブを首にかけられ、馬で引き摺られて殺された。
族長、ハガシュ、そして父ロハルは四肢を引き千切られた。
リエルタは弓の的になり、愛するミアリナは串刺しにされた。
同じ部族の仲間、友達、家族……みんな色んな方法で殺されたのだ。
『それって……全滅したってこと……?』
ルノルノはその問いには答えず、ミチャに抱きついて顔を彼女の胸に埋めた。
小さな肩が震えている。
ミチャは抱き締めてあげることしか出来なかった。ルノルノは震える声で続きを話した。
集落を捨て、キルスと二人で草原を彷徨ったこと。飢えと寒さと暗闇にキルスと一緒に耐えたこと。そして何回も死のうと思ったこと……。
『でも死ねなかった。みんなと一緒になれなかった。だからここに来たの……』
ルノルノの話はそこで終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます