第49話 二人だけの外出

 翌日、ミチャとルノルノは休みを貰った。


 最初の頃にした街に出かけるという約束をようやく果たせる形となった。


 あらかじめシュガルに買い物の許可証と小遣いを貰う。蓄財を許されない奴隷は物を買うにも主人の許可証を必要とした。小遣いは一ミアリ。奴隷が持つ小遣いとしては過分なぐらいである。使いやすいように十レントス銀貨九枚と一レントス銀貨十枚にしてくれている。そのお金をルノルノがくれたポーチに入れて出かけた。



『フォレファ通り行こっか。屋台もいっぱいあるし、一緒に何か食べに行こうよ』



 ルノルノはよく分からないのでミチャにお任せすることにした。


 一万人から大きくても十万人程度の規模の都市が多い中、メルファハンは人口約六十万人の大都市だ。城壁は三重構造になっており、それが東を除く三方を取り囲んでいる。東はバヌール川河口からエルスタン湾に面した海岸となっており、港を形成している。昨日のバルファ公の競馬場はこの港のすぐ横にある。


 ルノルノ達が住んでいるシュガルの屋敷は北西部の高級住宅地区のトラン地区にある。


 フォレファ通りはそのシュガルの邸宅から南へ少し歩いたところにあり、屋台やカフェ、レストランが立ち並ぶ。トラン地区の住民にとってデートスポットのような場所である。


 このフォレファ通りを東へまっすぐ歩いて行くと、メルファハンの名所であるエルメト市場に辿り着く。これはアルファーン帝国の始祖であるエルメト・アルファーンが整備した市場である。


 今日はそこまで行かずに屋台の通りだけを見て回ることにした。


 食べ物のいい香りがする。


 肉を屋台で焼いていたり、パンを売っていたり、片手で食べられそうな軽食やお菓子なども売っている。


 もちろんそれだけではなく、服屋や雑貨屋も並んでいる。


 オロムが父ハガシャに憧れて見たがっていたのはこういう景色だったのかもしれない、と思うとルノルノは少し悲しくなった。



『ほら、ルノルノ、ぼーっとしてたらはぐれちゃうよ』



 ミチャがルノルノの手を引く。確かに人通りは多い。手を繋いで歩かないと本当に迷子になりそうだ。


 二人は屋台で色んな物を食べた。


 ペイニーというパン生地の上にチーズと羊や牛の挽肉をまぶして焼いたものやケンルケというスパイスで味つけた肉のグリル、クルギョというクレープ生地に味をつけた野菜と肉を巻いたものなどなど。


 小売店の人達は遊牧民だからと言ってそんなに差別はしない。要はお金になればいいので、決して愛想がいい訳ではないが、普通に売ってくれる。


 ただレストランは自由人限定のところが多く、ミチャやルノルノが簡単に入れるような場所ではない。



『とにかく、レストラン入るのは面倒なのよ。ま、そんなとこで食べたいとは思わないけどね』



 ミチャはそう言いながらも、そこに入っていく客を羨ましそうに見ていた。


 屋台を見て回っている途中、ルノルノはあるものに目を奪われた。アクセサリーを売っている露店だった。瑠璃石ラピスラズリが嵌った美しい腕輪が売っていた。オルハンがミアリナに贈ったものとそっくりであった。


 ミアリナのことが鮮烈に思い出される。


 不意に涙が零れ、そこから動けなくなった。



『ど、どうしたの? ルノルノ』



『ん、ううん。何でもない……』



 何でもない訳ないのだが、ルノルノはそこに立ち尽くした。



「お嬢ちゃん、どうしたんだい」



 恰幅のいい中年の女性が声をかけてきた。アクセサリー屋の主人のようだった。



「あ、すみません。ちょっとこの子が色々思い出しちゃったみたいで……」



 ミチャがルノルノの肩を抱く。


 ミアリナと過ごした楽しかった思い出が一気に込み上げて来て、人目を憚らず泣いた。



『どうしちゃったの? ルノルノ……』



 ルノルノは瑠璃石ラピスラズリの入った腕輪を指さした。



『お姉ちゃんが……』



『うん』



『お姉ちゃんが、持ってたの……』



 その腕輪は姉が持っていたものと似ているらしいということは理解出来た。



「大丈夫かい?」



 店主は重ねて聞いてきた。



「いやあ、すみません。どうもその腕輪に思い出があるらしくて……」



 その時ミチャはふとあることを思いついた。



『ルノルノ。あなたの家族、綺麗にしてもらおうよ』



 ルノルノが涙目をミチャに向けた。



『あんたの首飾りさ。ほら。髪の毛の束を括り付けてるだけでしょ。だから綺麗に加工してもらって、ちゃんとした首飾りにして貰おうよ』


 ルノルノは迷っている風だったが、ミチャはルノルノの返事を待たずに店主に声をかけた。



「すみません。この子の首飾りについている髪なんですけど、綺麗に作り直すこと出来ますか? もう七十レントスしかないですけど……」



「髪?」



 店主はしげしげとその髪を見る。



「出来るけど……何の髪だい? 気持ち悪いもんじゃないだろうねぇ?」



 遊牧民の習慣はよく知らない。何か曰くつきの髪ならあまり触りたくないという風だった。



「亡くなった家族なんです。この子の。だからこれは家族の形見なんです」



 根は悪くない人なのだろう。同情の色がありありと浮かんできた。



「分かった。見せておくれ。そういう気持ちは遊牧民もアルファーン人も無いからね。五十レントスって言いたいところだけど、三十でいいよ。すぐにやってあげるよ」



 ルノルノは戸惑ったが、店主に首飾りを渡した。



「ちょっと細工するのに髪を一部切っちゃうけど、良いかい?」



 ミチャにも勧められ、ルノルノは頷いた。



「おばさん。一番短いのがお父さん、二番目に長いのがお母さん、一番長いのがお姉さんらしいから」



「あいよ」



 店主はその場で作業を始めた。ルノルノは加工されていく家族の髪をじっと見つめていた。


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