第48話 勝者の道

「だめだ、キルスがかなり出遅れてる……」



 ミチャは祈るがルノルノはなかなか前に出られないでいた。



「あーぁ、あの遊牧民の馬、完全にみんなから監視されてるよ」



 貴族の奴隷の一人がそう言った。


 先頭を行くのはバルファ公の馬である。他の馬達はそれに花を持たせるかのように追従している。



「なに、これ。出来レースじゃないの?」



 ミチャの呟きに何人かが鼻で笑った。



「遊牧民同士庇い合うのは良いが、言いがかりだけは聞き捨てならないな」



「だってみんなでルノルノを集中的に潰すなんておかしいじゃん!」



 貴族の奴隷達はくすくすと笑っていた。


 ミチャは気づいた。これは苛めだ。ルノルノを最下位にして、シュガルに対する優位性を見せつけて恥をかかせようとしているのだ。


 かちんと来た。笑っている奴隷を殴ってやろうかと思ったが、さすがに大人気おとなげないので自制した。


 馬群が第三コーナーに差し掛かる。ルノルノを寄せつけまいとする馬達がルノルノに馬体を寄せていった。ルノルノはキルスを信じている。大きく外側へ切った。大回りである。馬群の妨害からは抜けられるが、第四コーナーでは先頭からは十馬身ほど差をつけられてしまっていた。


 最後の直線コースに差しかかった。



「あーっ! ルノルノーっ!」



 ミチャは悲鳴をあげた。


 最下位は免れない。


 そう思った時、ルノルノがそっとキルスの首を撫でた。



『いくよ、キルス』



 右手に持った余剰の手綱を鞭代わりに叩く。他の馬より少し速い鞭入れだった。


 そこでキルスの速度が急速に上がった。



「え?」



 どよめきが起こる。キルスは異常な伸びを見せて外側から大きく駆け上がった。



『いけーっ‼︎ ルノルノー‼︎ キルスー‼︎』



 ミチャがカルファ語で叫ぶ。


 まるで親友ルノルノを乗せていることが楽しくて仕方がない様子で、キルスが速度を上がる。


 抜いて置き去りにしていく。一頭、また一頭と。キルスの加速は止まらない。


 ルノルノは親友キルスの特性を良く知っている。


 彼の凄さは鞭が入ってからの脚の伸びと耐久力だ。


 さらに二頭、さらにもう二頭と追い抜いて、ついに先頭を走るバルファ公の馬を捕らえた。


 歓声が悲鳴に変わっていく。



「奴隷が前に出てくるなぁ!」



 バルファ公の騎手がそう叫びながら追いつくルノルノに対して鞭を打ちつけようとした。


 しかし鞭は空を切った。加速したキルスはバルファ公の馬を追い抜いたのである。



「やったぁぁーっ‼︎」



 キルスはバルファ公の馬より首一つ分前に出てゴールラインを駆け抜けた。



「よっしゃあぁぁっ‼︎」



 叫びを上げたのはミチャだけではない。手に汗を握っていたシュガルも、そしてルノルノに賭けていたトバルとボルヴォドも同じであった。


 ルノルノがゴールを越えたことに気付いたのは、次のコーナーに差し掛かったところであった。


 勝ったのかどうかも分からないルノルノがまごついていると、誘導員が近づいて来た。



「言葉分かるか?」



 ミチャがコースに入ってルノルノに駆け寄る。



「はいはーい、通訳です!」



「あそこの真ん中の台の前まで行くように伝えてくれ」



 ミチャはルノルノと共に指定されたところへ行った。観客席が近い。すると壮年の男が苦虫を噛み潰したような顔で近づいて来た。バルファ公である。


 自分の馬が差し切られて憮然としていた。


 それでもルールはルールである。これだけの観衆の目の前で恥ずかしい態度は取れない。



「見事なレースだった」



 ミチャが訳すと、ルノルノはぺこりと一礼した。



「うおーぃ! 小娘―! 大穴をありがとうのー!」



「今日は美味い酒が飲めるぞ!」



「やめてください、トバル総督! ボルヴォド総督! 大体、もう飲んでるじゃないですか! 恥ずかしい……」



 バルファ公の後ろであの銀髪の老人と中年の男と、もう一人若い男がそんなやり取りをしているのが見えた。


 後は決まり文句を述べられ、ルノルノには一千ミアリが贈られた。もちろん奴隷であるから、これらの賞金は全てシュガルのものになる。


 こうしてルノルノは栄冠を勝ち取った。


 この後もうしばらく別の馬によるレースが続き、最後に奴隷を除く参加者全員の立食パーティーになる。シュガルとラーマもそれに参加することになっていた。騎手達もみな自由人なのでパーティーに招待されていたが、一位だったルノルノだけが奴隷身分であったため呼ばれなかった。


 ミチャとルノルノはキルスを連れて、徒歩で帰路に就いた。往路の時のような仰々しさはなく、静かなものだった。時間は昼を少し越えていた。



『お腹空いたね』



『自由人はいいよね。あんなパーティーに出席出来るんだから。それにひきかえ、あたしらは徒歩で帰宅かー』



 パーティーは夜まで行われるらしい。


 それと比べると、二人と一頭の徒歩で帰る道のりは勝者の道とは思えない。



『でも良い。ミチャと一緒に歩けるから』



 ルノルノは右手で馬の手綱を引き、左手でミチャの手を握った。



『ま、そうね』



 ミチャはくすっと笑ってルノルノと二人で歩く帰路を楽しむことにした。


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