第47話 嘲笑と侮蔑
ルノルノはキルスの背に乗って
騎手達の中で遊牧民はルノルノだけだった。しかも民族衣装である。一際目立つ。
「遊牧民を連れて来るなんてどこの馬だ」
「見て、あの見窄らしい馬。良くあんな馬で参加してきたわね」
「奴隷を馬に乗せるなんて、品位の欠片も感じない」
下見している貴族や貴婦人達の中からそんな声が上がる。
「結局、どこの誰の馬なんだ?」
「シュガル・アーサーン氏のところみたいだ」
「あぁ、なるほど。さすが成金はやることも下賤なんだな」
ルノルノは自分が笑われているとは気づかなかったが、やたらじろじろと見られていることは気になっていた。
しかも周りの貴族達だけでなく、騎手達の視線も白い。
騎手達はみなアルファーン帝国人で自由人である。服装はどれも動きやすそうで、清潔で、華美だった。
言葉は分からなくても場違いであることが徐々に分かって来た。恐らくこの視線は嘲笑と侮蔑。気持ちが萎えそうになる。少し涙目になった。
「おい、あいつ泣いてるんじゃないか?」
再度嘲笑が起こる。ルノルノは涙を拭き、ミチャの言葉を思い出して気持ちを奮い立たせた。
この服はラガシュマの誇りだ。騎馬民族として生まれ、育ち、最高の馬術を持つと自負する民族の象徴だ。キルスは艱難辛苦を共にしたまさに姉弟とも言うべき友だ。絆は誰よりも強い。
「泣くぐらいなら出るな」
「棄権しろ! 棄権しろ!」
「遊牧民は草原に帰れ」
「奴隷の身分で貴族競馬場に入って来るな」
「どうせ元は下賎な娼婦だろう!」
みんながルノルノに悪口を叩き込む。何を言っているのか分からないが、みんな悪意のある顔をしているのは分かる。息苦しさを覚えた。
その時、一人の初老の男が手を挙げて、やたらよく通る大きな声で周りの貴族達の悪口を掻き消した。
「わしはあの子に賭けるぞ」
肌は赤銅色をしており、顔には深い皺が刻まれている。髪は白髪が混じって綺麗な銀色をしているが、どこか整っておらず、少しぼさぼさだ。
酒に酔っているのか、赤銅色の顔はさらに赤く見えた。
一瞬だけ静寂が訪れ、それを冗談だと受け止めた何人かの貴族が笑う。
「……これは面白い冗談を仰る。それとも酔っておられるのですかな? トバル総督、奴は遊牧民ですぞ。それに賭けるなんていくら冗談でも帝国の英雄としての品位に関わりますぞ」
するとトバルは鼻で笑って言った。
「わしは酒好きが祟って常に金欠でな。賭け事となれば本気で獲りに行く。そこに品も誇りもありゃせんわ。それでも……」
さらに音量を上げて言った。
「
じろっと周りを見回すとみなが押し黙った。
その沈黙に追い討ちをかけるかのように、トバルの横にいる巨漢の、中年ぐらいの男が豪快に笑った。
「兄貴がそう言うなら、俺もあの子に賭けよう。男より女に賭ける方が俺の
「ボルヴォド総督まで……っ!」
二人が喋り始めてから突然周りからの声が小さくなったことにルノルノは少し不思議に思ったが、さざ波立った気持ちを落ち着けるには十分だった。
『キルス、行こう』
他の馬達は鞍もぴかぴかで、身綺麗だ。それに比べるとキルスは使い古された鞍に縄のような手綱。見た目では確かに見窄らしい。
しかし見た目じゃない。キルスを信じる。
「時間だ。こちらへ」
誘導員が騎手達を誘導する。何人かの騎手が目配せをしたのをルノルノは見ていなかった。
馬達がスタートラインに並ぶ。歓声が湧いた。
声が届くか分からないがミチャも大声でルノルノを応援した。
『ルノルノー! 頑張れー!』
騎手達の前に誘導員が立った。
「私が最初に旗を下に下げます。そして上に上げたらスタートでお願いします! そこの遊牧民、理解できたか⁉︎」
ルノルノは何を言われたのか分からない。もう一度身振り手振りで説明しようとすると、一人の騎手が止めた。
「大丈夫だ。遊牧民に分からせてやる必要なんてない」
それを聞いて、誘導員は納得し、引き下がってしまった。
「位置について!」
旗が下げられる。
空気が張り詰めるのが分かった。
「よーい!」
旗がばっと振り上げられる。
馬が一斉に駆け出した。
スタートの合図を理解してなかったルノルノとキルスは半呼吸分ほど遅れて走り出した。
「あーっ! 遅れたー!」
ミチャが頭を抱える。
出遅れたキルスは最下位だった。
それだけではない。
馬群が最初の直線で奇妙な動きをした。
キルスの行く手を阻むように馬を寄せ、半分包囲するように囲んで来たのである。
「こいつを潰せ! 潰せ!」
騎手の誰かが叫んだ。キルスは他の馬が寄って来るのを嫌う。ルノルノは少しキルスの速度を調整して躱さざるを得なかった。そのせいで第一コーナーから第二コーナーにかけては馬群から取り残された。
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