第36話 存在価値

 ルノルノが奴隷となってから二週間が過ぎた。


 ユンの見立て通り、体力は十分に回復した。


 ミチャからは奴隷のルールもある程度教えてもらった。一番悲しかったのは財産を持てないということだった。


 父の三日月刀は取り上げられ、シュガルの武器庫に収められたとのことだった。


 実は鞘代と研ぎ代が余分にかかったらしく、シュガルがぼやいていたということを後で知った。








 一方で、ミチャはルノルノをこれからどうしてやろうか考えていた。


 ウルクスを満足させる女に仕立てるため、まずは男女のことを教えねばならないだろう。


 どこまで知っているのだろう。生理が来ているということはある程度は母親から聞いているのか。


 しかし考えてみれば自分も良くは知らない。人の行為は飽きるほど見ているが、自分自身は経験がない。シュガルに求めてもいつもはぐらかされる。


 ルノルノに教える前に自分が教わりたいぐらいだ。


 ミチャはシュガルの膝の上に乗りながら、そんな取り留めもないことを考えていた。


 昼下がり。ラーマは伯父の家に行っている。


 彼女の伯父はラゼルという。シュガルと同じ年の五十歳で、アルシャハン教義に精通しており、弁護士としてシュガルの相談役を勤めていた。妻に先立たれており、一人暮らしをしているので、時々ラーマがその世話に出掛けていく。そして彼女が留守の間は、ミチャがシュガルに可愛がられることになっていた。もちろんラーマ本人には内緒で、である。



「ミチャ」



 その時初めてシュガルが数度自分のことを呼んでいることに気づいた。



「あ、ごめんなさい、旦那。聞いてなかったです」



「心ここにあらずじゃないか」



 ここはシュガルの書斎だ。書斎と言ってもかなり広く、多目的に使用されている。扉を入った正面奥にある書斎机が彼の定位置だ。


 そしてその机の手前、すなわち部屋の中央には六人掛けのテーブルが置いてあった。このテーブルは普段はシュガルとラーマが食事に使ったり、ラーマが簡単な作業を行ったりするのに用いられている。


 この部屋には左奥と右奥に扉があり、左奥はシュガルとラーマの寝室に繋がっている。


 右奥はラーマの個人的な部屋であり、彼女の趣味である裁縫の道具や本が置かれている。


 今、ミチャは書斎机の前に座っているシュガルの膝の上で裸になり、その愛撫を受けている途中だった。



「……で、何て……?」



「あの娘は使い物になりそうか?」



「やっと病み上がりですよぉ? 今の段階では何とも……」



 そもそもルノルノとそんなに話をしている訳でもない。


 ルノルノが塞ぎ込んでいて話しかけにくいということもあるが、あの大きな目で見つめられるとなぜかこっちが緊張してしまって話しづらくなるということも理由の一つだった。


 二週間経って多少ましになったとは言うものの、まだ話しかけるのには多少の勇気がいる。


 もっとも何とか話しかけても、ミチャが一方的に話すばかりで、彼女からは薄い反応しか得られない。


 情緒も不安定で、毎日最低一回は泣いており、首飾りを触りながらお祈りのような、語りかけのようなことを呟き続けている。


 思えばまともな会話はほとんどしていない気がする。



「精神的にはかなり弱っていて、二週間経つけど、あまり変わってないです」



「そうか」



 シュガルはミチャの細い体を抱き寄せると、その体をまさぐり始めた。


 しばし彼が満足するまで身を任せる。


 シュガルとこういうことを始めたのはミチャが奴隷会に行き始めた頃とほぼ同時期で、十三歳の時からだ。最初は擽ったかったり、何も感じなかったりしていたが、徐々に快感を生み出されるようになり、三年経った今ではすっかり馴染んでいる。



「旦那様の、ほしぃ……」



 おねだりしてみたがシュガルは首を横に振った。



「まだ早い」



 シュガルは絶対に入れてくれない。偶然でも子供が出来てしまう危険性を避けている。



「いじわる……」



「お前にはまだ働いてもらわねばならんからな」



 言い方を変えれば、それだけミチャを大切にしていると言える。だがそれは女として大切にしていると言うより、便利な道具として、だ。


 だから早く女にして欲しい。道具ではなく、女として見て欲しかった。


 シュガルはミチャの体を十分堪能すると、最後は決まって口や体を使っての性欲処理を命じる。ミチャにとって、挿入を伴わない性欲処理は欲求不満が溜まるだけなのだが、命令なので仕方なく応じる。


 やがてシュガルが果てた。男の欲望が口内に注がれるが、それを飲み込むまでがミチャの役目である。


 事が終わり、衣服を整えていると、ふと部屋の片隅に木剣が立て掛けられているのが見えた。


 ルノルノがウルクスとの対戦に使ったあの木剣である。元々は用心棒達が鍛錬用に使っていた木剣なのだが、何故かは分からないが普段はシュガルの部屋に置いてあった。ミチャも練習の時は借りていた。最近はサボってばかりであまり使っていないが。


 そうだ、と思いつく。



「ねぇ、旦那。あの木剣、貸してくれません?」



「何だ、鍛錬でもするのか?」



「ルノルノの強さを一度体験してみたいんです。彼女の鍛錬も兼ねて」



 いくらルノルノと仲良くしようという気がなくても、やはり相棒に育てようと思ったらコミュニケーションが取れないのは問題だ。だからまず彼女の得意なことからアプローチしてみようと思った。



「いいぞ。好きに使うがいい」



「ありがとうございまーす」



 ミチャはシュガルに一礼し、木剣を二本借りるとそそくさとルノルノの元へ走った。


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