第37話 勝負
『ルノルノー』
部屋の扉を開けると、ルノルノは窓の前で首飾りを握り締め、祈るような格好で跪いていた。
その姿は悲しく、美しく、儚げであり、しばし見惚れてしまう。
はっと我に返る。いやいや見惚れている場合じゃない。この子は自分にとっては邪魔者なのだ。打ち解けようとするのも仕方なくするだけなのだ、と平常心に戻る。
『ルノルノ?』
再び声をかけてみる。ようやく気づいたように顔を上げ、ミチャの方に向けた。
『うん』
ゆっくりと立ち上がると、ミチャの方へとやって来た。上目遣いの悲しみを湛えたつぶらな瞳のせいでせっかく取り戻した平常心が全て台無しにされてしまいそうになる。
ミチャは努めて平静を装って木剣を彼女に見せた。
『あのさ、そのー、体もましになっただろうし、ちょっと勝負してみないかなーって』
ルノルノは戸惑った。
体力的には回復している。問題はない。
ただ、ミチャの強さが今ひとつ分からない。そもそも剣の練習も男の子相手にしかやったことがなく、手加減の程が分からない。
『やろやろ。部屋で腐っててもしょうがないでしょ』
ミチャはそんなルノルノの戸惑いを気にした様子もなく、笑いかけながら少し強引にルノルノの腕を引っ張った。
その強引さが奥手のルノルノには少し嬉しい。
ミチャは中庭に案内した。非常に広く、多少の鉢植えはあるが、基本的に何がある訳でもなく、石畳が敷かれているだけで、少々殺風景に感じる。
しかし時折開かれる宴会では、興行師達が招き入れられ、伝統舞踊や音楽を披露される場となる。それは非常に賑やかで、楽しい宴会だそうだ。
二人は中庭の真ん中で剣を合わせる。
『ルノルノ。本気で行くよー』
ルノルノも頷く。
『それじゃー、始め!』
ミチャは号令と共に間合いを詰め、手数の多い猛攻を見せた。
ミチャの剣はカルファ族の剣術をベースにジェクサーが改良したものだ。手数が多いのはカルファ族の剣術の特徴であり、時に砂漠の砂嵐に例えられるほど荒々しい。
その中の無駄な動きをジェクサーの指導の下で極端に減らし、練り上げたものなのでかなり熟練していないと躱し続けることも難しい。
しかしルノルノは初めて見るその激しい剣術にも何とか対応し、いなし続けた。
ミチャは軽い焦りを覚えた。
(あたしの剣をこんなにいなすなんて……)
ウルクスが負けたのは本気でやってはいけないというハンデがあったからだと思っていた。
しかしこれだけの身体能力があると、本気でも結構良い勝負になっていたのではなかろうかと思ってしまう。
『はぁっ!』
ミチャの必殺の突きがルノルノを襲う。それをルノルノは上体を反らして紙一重で躱した。そして一見崩れているような絶妙なバランスから伸びるような突きを繰り出し、初めて反撃に出た。
『おっと』
ミチャは後ろに飛び退り、ルノルノとの間合いを嫌った。
ルノルノの体はかなり柔らかい上に体幹の筋力が見た目以上に強い。そんな体をしなやかに駆使してくるので、どうしても捉え所が無い印象を受ける。
厄介だな、と思っていると、ルノルノは持っていた剣を右手に持ち替えた。彼女はずっと左手で戦っていたのである。
『え?』
今度はルノルノが攻勢に転じて来た。
舞うように美しいのに、鋭い。
剣尖の動きは変則的だが流麗で、まさに変幻自在であった。
『え、まじ、つよ』
軽いステップを踏んだかと思えば重心を落とした伸びのある突きが飛んでくる。捉えどころがない。
しかしミチャも負けていられない。後退しつつ、ルノルノの隙を伺った。
ルノルノが旋回して剣を振った。その直後、僅かな隙が生じ、脇が空いたように見えた。
『そこだっ!』
ミチャの剣がそこを突いて叩き込もうとしたその時、ミチャの剣が跳ね上げられた。
そして次の瞬間、目の前にはルノルノの剣先がミチャの目の前に突き付けられていた。
「な、何、今の?」
思わずトゥルグ語で呟く。
跳ね上げられた手に衝撃はあったが、剣先はそこに無かった。その時、はたと気付く。
「足……」
ルノルノは鋭い蹴りでミチャの手の先を蹴り上げていたのである。そしてがら空きになった顔前に剣を突き付けたのだ。
「足技なんてずるい! 聞いてないー!」
そう言ってルノルノに詰め寄ろうとすると、突然背後から後頭部を
「いでっ」
ジェクサーだった。
「戦いにずるいも何もないですよ。ずるいと叫んでいるうちにあなたは斬られてます。ミチャの負けです」
「えー……」
「全く……最近少しサボり過ぎじゃないですか? 発情した猫みたいに男にうつつを抜かすからです」
ぐうの音も出ない。
ジェクサーは呆れたように溜息を一つつくと、今度はルノルノの方に向き直った。
「……それはさておき、拝見する限り、かなり完成された剣術ですね。現役のミチャを破るとは素晴らしいです。あなたの剣術を試したく思いました。一つお手合わせ願えますか?」
ミチャがそれを訳してルノルノに伝えると、彼女はちょっと不安そうに頷いた。
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