第34話 奴隷達の秘め事

「あとは腕力だな」



「腕力?」



 いちごを小さな口で食べ始めたルノルノを見ながらウルクスは続けた。



「こいつの腕を生かそうと思うならそれなりの長さの剣がいる。そういう意味ではあの三日月刀は最適だ」



 ルノルノがウルクスの視線に気付き、怯えた様子で目を逸らす。そういう態度が逆にウルクスの性癖を刺激するのだが、ルノルノ本人は全く自覚がない。



「だが体の出来ていない女が振り回すには重過ぎる」



 ウルクスは今にもルノルノに襲いかかりたそうな、ぎらぎらとした目で言った。


 無抵抗で幼気いたいけな少女に乱暴するのが好きな彼のことだ。まさにルノルノは好みのど真ん中だろう。


 ミチャは話題をがらっと変えた。



「ウルクスってさぁ」



「何だ」



「いつも思うんだけど、奴隷会に参加しないの?」



「しない」



「何で? 欲求不満溜まらないの? あんたの性癖考えたら、めちゃくちゃ相性良い会だと思うんだけど」



「一時の快楽に身を任せて奴の権力道具になるのは気に食わん」



「そっか」



「そういうお前はいつまで参加しているんだ。シュガル様に操を立てているなら、参加する意味がないだろう」



「そうねー」



 奴隷会。


 これはシュガルには秘密で催される奴隷達だけによる集会で、さまざまな制限を受けて暮らす奴隷達の鬱憤を晴らすというのがその名目である。


 だがその実は男奴隷と女奴隷が入り乱れる乱交の宴会で、主にシュガルが不在の時を狙って開かれる。


 そしてウルクスの言う「奴」とは奴隷会の主催者、シュガルの補佐を勤めているクロブのことである。


 クロブは奴隷達を統括している奴隷長である。年齢は四十半ばぐらいで、シュガルが二十歳の時に初めて買った奴隷だ。


 つまりかれこれ三十年仕えていることになる。


 長く仕えているだけあってシュガルの信任も厚く、奴隷の立場でありながらシュガルの補佐を行い、時にはシュガルに代わって組織の運営を行うこともあった。


 そのため、奴隷達だけでなくこの組織アンテカールに属する全員に対して絶大な影響力を持っていた。


 末席の奴隷など、彼の機嫌一つでどうとでもされてしまうとまで噂されていた。


 だから誰もがクロブに従った。クロブに気に入られることは一種のステータスになっていた。


 言い換えると、奴隷会はクロブの権力を他の奴隷達に知らしめる場とも言えた。


 女奴隷は参加しなければどんな仕打ちをされるか分からないという不安感から参加し、男奴隷は忠誠を誓うことを約束させられて参加する。


 ミチャが奴隷会に参加したのは、奴隷となって丸一年が経過した、十三歳になった時である。


 クロブ本人に「シュガル様に内緒の、奴隷だけの宴会があるから参加してみないか」と誘われたのだ。


 参加して、ミチャは衝撃的な光景を目の当たりにした。


 それは二十人の男女が恋人・夫婦関係なく入り乱れる大乱交であった。


 幼い彼女にとってその混沌とした光景は、ただただ怖かった。


 しかしそこかしこで蔓延する獣欲の毒気は確実に少女の心を蝕んだ。


 性への興味は日毎に増し、何度もその会に足を運んだ。


 とはいえ、ミチャが男達の毒牙にかかったことは一度もない。


 彼女は奴隷になった当初からシュガルの愛人候補とされていたため、誰もがシュガルの怒りを買うことを恐れて手を出さなかったのである。


 しかしそんなミチャですら、他の女達に混じって淫らな姿を晒し、男と交わりたいという衝動に駆られることはしばしばであった。


 性の魔力に一度取り憑かれると、人は強い刺激を求めてしまうものなのである。


 ミチャの知る限り奴隷会に参加したことがない奴隷は二人だけだ。


 すなわちジェクサーとウルクスだ。


 二人ともシュガルへの忠誠度が異常に高く、その任務への忠実さは孤高の域に達している。


 シュガルを守ることに命をかけている二人だからこそ、クロブの権力に屈する必要がないのである。


 ミチャも本音を言えばクロブの権力には興味などない。


 むしろ権力を振り翳し、横柄な態度を取るクロブのことは嫌いだ。


 ただ、ミチャはまだ十六歳である。未だにシュガルとちゃんとした肉体関係もない。つまりあくまで愛人候補であって厳密には愛人ではない。


 クロブの権力を突っ撥ねられるほど自分に自信が持てる年齢でも立場でもないのである。



「お前も好き者だな」



「んー、まぁ、色々あんのよ。ルノルノもそのうち奴隷会に呼ばれるのかなぁ?」



「いつかはあるかもな」



 クロブもシュガルの「ルノルノと子作りするつもりだ」という言葉を聞いていた。


 つまりルノルノはミチャと同じ立場で、シュガルのお気に入り、愛人候補になったということだ。


 シュガルの愛人候補になったということは、ルノルノを犯すには色々条件がついてしまうということを意味する。


 もしルノルノが誰かに犯されるようなことがあれば、潔癖なシュガルのことであるから興味は一気に失せてしまうだろう。


 だが同時に激怒する。


 同じく愛人候補だったクレミがいい例である。


 クレミと彼女を寝取った男奴隷は、二人してシュガルの怒りを買い、散々に責められ、痛い目に遭わされた。


 ルノルノを寝取れば、同じ仕打ちが待っている。


 ルノルノは責め苦に耐えかねて奴隷会のことをばらすかもしれない。



(何が怖いって、奴隷会が旦那にばれることよねぇ)



 ばれればそこのメンバーは軒並み糾弾される。アルシャハンの教義でもアルファーン帝国法でも度の過ぎた性行為は罪である。下手をすれば鞭打ちものだ。ミチャも逃れられないだろう。シュガルの寵愛も失いかねない。


 だが見方を変えれば、ルノルノが「誰か」と肉体関係を結べば、自動的に愛人候補から外されるということである。


 要はシュガルが納得する形で、ルノルノの処女を奪ってくれる「誰か」を探せばよいのである。


 シュガルが最も納得する形。


 それは結婚である。


 結婚は奴隷でもアルシャハンの教義に守られるので、敬虔なシュガルなら手を出すまい。


 クレミと男奴隷も最終的には結婚することで許してもらえた。みんなにとって幸いだったのは、クレミが奴隷会をばらさなかったことだ。


 おかげで今も奴隷会は続いている。


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