第33話 食堂にて
屋敷に帰ったのは昼過ぎだ。
少し遅いが昼食の時間である。シュガルはラーマと共に主人用の食堂で食べ、奴隷達はその給仕に回る。
『ルノルノは部屋で休んでていいよ。お昼ご飯の時間になったら呼びに行くから』
そう言われて、ルノルノはミチャの部屋に戻る。
正直一人になるのは苦手だ。なんだかんだでミチャは気を遣って喋りかけてくれるし、ラーマも言葉が分からないなりにも優しく接してくれる。嫌なことを思い出さずに済む。
しかし一人になると孤独な気持ちが迫って来る。
ルノルノは窓際の床に座って首飾りを外し、太陽の光の下で三つの髪束を見つめ、両手の中に包み込んだ。
涙を目に溜め、小さな声で歌い始める。
エル祭りで、女性みんなで歌う歌。
ラガシュマみんなの思い出の歌。
三人の髪に唇を押し当てて、思慕を示す。
しかしそれに応える声はない。
ルノルノは歌い続けた。
一周したらまた一周と、思い出に浸りながら歌う。
だから後ろで扉が開いたことには気づかなかった。
『ルノルノ?』
はっとして歌を止める。首飾りをつけ直し、振り向いた。
ミチャが不思議そうにルノルノを見つめていた。
『大丈夫?』
ルノルノは涙を拭って、こくっと一回だけ頷いた。
『ならいいけど。旦那達のご飯終わったし、あたし達もご飯行くよ』
奴隷達は自分達で厨房に行き、主人達の残飯や賄い料理を含んだビュッフェ形式で、好きな物を好きなだけ取って、厨房横にある奴隷専用の食堂で食べるのである。
ただ遊牧生活をしていたルノルノには昼食を食べるという習慣がない。強いて言うなら小腹が空いた時に乾燥チーズや干し肉をちょっと齧る程度だ。
だからミチャに誘われるがままに厨房に来てみたが、別に食べたいとも思わなかった。
『食べないの?』
ミチャは街育ちであり、遊牧生活の経験がない。だからアルファーン式に朝昼晩と三回ご飯を食べる生活に慣れている。
『チーズ……欲しい』
するとミチャが厨房の料理長に声をかけた。
「ねぇ、シェフー。チーズ欲しいんだって。ある?」
「あるよ。出そうか?」
「お願い」
弾力のある柔らかいチーズが出てきた。まるで作りたてのチーズのようだ。
『チーズ好きなの?』
『お昼はそれぐらいしか食べないから。お昼食べるのはお祭りとか特別な時だけ』
ラガシュマの習慣なんだろうと納得するが、せっかく色んなメニューがあるのである。ミチャは皿をルノルノに持たせた。
『せっかくなんだから、お祭りと思って食べなよ。そんながりがりじゃあ落とせる男も落とせないよ。ウルクスを見てみなよ。お昼からあんなに食べるんだよ』
ミチャの指し示した先にはウルクスが皿に山盛りの料理を乗せているところだった。
『うん』
ルノルノは厨房に並んだ料理を見て歩く。どれも見たこともない彩りの食事で、美味しいかどうか見当もつかない。
その中で肉料理を見つける。
一番食べ慣れている羊の肉のようだが、ただ煮たり焼いたりするだけのラガシュマとは違う調理法をしているようだった。
よく分からない茶色い液体もかかっている。
ただ形としては馴染みのある形をしているので一番食べやすそうではあった。
『これにする?』
『うん』
『他は?』
『スープ』
結局チーズ四つと肉二切れ、見たことのない白いスープの三品。そこにいちごがあるのを見つけて五つほど取った。
食堂を見渡すとここで働いている奴隷が意外に多いことに気付く。自分達を含めて十四人いた。もちろんこの時間も働いている奴隷はいる訳だから、実際は少なくともこの人数の倍はいるだろう。
席を探したがウルクスの前しか空いていない。
ルノルノはちょっと嫌だったが、ミチャの方は気にした様子はなかった。
「ここ空いてる?」
「構わん」
ミチャはウルクスの正面に座った。ルノルノも仕方なくミチャの隣に座った。
「今日午後なんかあったっけ?」
ミチャはわざと覚えていないふりをして聞いた。そうやって相手とのコミュニケーションの距離を測っているのである。
「幹部のミーティング」
ウルクスもそれに気付いているのか気付いていないのか分からないが、特に文句も言わずに答える。
「あ、そっか。身辺警護も大変よねぇ」
護衛の仕事は拘束時間が長い。基本的に滅多なことはないので主人の後ろで長々と控えているだけだ。それでもその間、ずっと気を張り詰めておかねばならない。
用心棒はウルクスやジェクサー、マウル含めて全部で十二人いる。その十二人が四、五人ほどのチームになって交代でシュガルおよびラーマの身辺警護に当たるのである。
その中でも最も古株になるジェクサーと並外れた体力を持つウルクスは別格の扱いだ。
二人ともシュガルに影の如く付き従い、休むのも二人で交代して休むぐらいの徹底ぶりである。二人が言葉を交わすことはほとんど無いが、認め合っていることだけは確かだ。
「ルノルノとうまくやっていけるか不安だわ」
ルノルノがトゥルグ語を理解していないのをいいことに、本音を零す。
「剣の腕があるんだから大丈夫だろう」
手加減があったとはいえウルクスを打ち破ったのだ。彼自身もその腕は認めている。
「ただ心が弱い」
「まぁ、そうね」
すぐ泣くし、すぐ怯えるし、常に不安げ。精神的には非常に打たれ弱い。
そこはミチャが最も懸念するところだった。
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