第27話 決着と出会い
剣の技術を磨いてくれた父親を思い出す。
父親は部族内で最強だった。
その父親に教えてもらえることが、集落での自慢だった。
(お父さん……!)
反射的にルノルノは前に出た。木剣を縦に構え、剣先でウルクスの剣を受け止める。そしてそれを横へと流した。威力が逃され、ウルクスの上体が一瞬崩れる。
ウルクスの強靭な体幹は崩れてもすぐに立て直すだけの力がある。だがルノルノにはその一瞬の隙で十分だった。
ルノルノは返す刀で小手を打った。その流れでまるで蛇のように素早くかつしなやかに腕を伸ばす。するとその剣先はウルクスの喉に食い込んだ。
「ぐはぁっ!」
小手と喉をほぼ同時に攻撃され、ウルクスは剣を取り落とし、その上息が一瞬出来なくなってその場でもがく。例え年端のいかない少女の力でも、喉への突きは効く。
ベラーノは思った。
やはり間違いない。こいつは正確に、そして迅速に急所を打つことが出来るのだ。ただの遊牧民のガキじゃない。
「舐めるなよ、小娘がぁっ!」
ウルクスが息を切らせながら立ち上がり、木剣を拾い上げて振り上げる。
ルノルノにはもう躱し切る力は無い。今度こそ死んじゃうな、と思ったその時、嗄れた声が玄関ホールに響いた。
「待て! ウルクス!」
いつの間にかシュガルが戻って来ていた。
「シュガル様……っ!」
「もしその剣が真剣ならもうお前は殺されている。ご苦労だった。下がれ」
シュガルに叱責され、ウルクスは素直に従った。いつの間にか元の表情に戻っている。気味が悪いハゲだ、とベラーノは思う。
シュガルはベラーノの横までやってきて、にやっとするとその肩をぽんと叩いた。
「やるじゃないか、ベラーノ」
ベラーノは大きな溜息を吐いた。安堵の溜息だ。
「おい、娘。名はなんて言う」
突然シュガルに声をかけられるが何を言っているのか分からず、ただその顔を見詰め返した。
「親父、だめですぜ。そいつ、トゥルグ語を全く理解していねぇ」
シュガルはルノルノを興味深そうに眺めながら、ラーマに言った。
「おい、ミチャを呼んできてくれ」
ラーマが返事するよりも早く、明るい声が後ろからした。
「はいはーい。旦那、あたしならここにいますよー」
いつの間にか左の階段の真ん中あたりに座っている少女がいた。
肌は褐色で、ルノルノのように目はぱっちりと大きく、少し猫目だ。髪は黒く、首の後ろで切り揃えている。ルノルノより背は高く、年も上に見える。
「いたのか」
「そりゃあんなにどりゃー、とかぬおー、とか大騒ぎしてたら気になりますよ」
ミチャはよっこらせとばかりに立ち上がると、玄関ホールに降りて来た。
「お前なぁ、いるなら最初から顔出せよ……俺がどんなけ会話に苦労してたと思ってんだ」
ベラーノがそうぼやくと、ミチャはふふん、と笑った。
「だって呼ばれてないですもん」
「てめぇ、遊牧民のくせに口答えすんのか」
シュガルはそんな二人の間に割って入った。
「そんなことはどうでもいい。こいつの言葉が分かるのか?」
「何か聞いてみましょうか?」
「名前を聞いてくれ」
ミチャはルノルノを見た。正直ミチャも見たことがない民族衣装を着ているなと思った。ユルヴァハンに似ているが知らない紋様だ。ジュキユスでもない。少数民族だなと思った。
『名前、なんていうの?』
ミチャの話す言葉は発音も少し違うし、抑揚も違う。だが紛れもない久しぶりに聞く遊牧民の言葉だった。しかもどこか懐かしい響きすらある。ルノルノの目から涙が溢れた。
ミチャはもう一度聞いた。
『名前、なんていうの?』
『……ルノルノ』
『どこの部族?』
『ラガシュマ』
『マジか』
ミチャは驚いた。ラガシュマは遊牧民の中でも一、二を争う少数民族だ。
『あたしの名前はミチャ。お母さんはサヴール王国出身だけど、お父さんはカルファ族なんだ』
サヴール王国はアルファーン帝国から遥か南東へ行ったところにある国だが、ルノルノはそんなことは知らない。だがカルファ族は母親の出身部族だ。懐かしい理由が分かった。発音も抑揚も母親に似ているのだ。
ルノルノは体から力が抜けるのを感じた。懐かしい母親の声を聞いたような気がした。その場にしゃがみこんだ。
『年はいくつ?』
しゃがみ込んだルノルノの横に座り、問いかけてみる。
『十四』
『家族は?』
『……ごめんなさい、何を言ってるのか分からない』
シュガルが痺れを切らしてミチャに聞いた。
「何て言ってるんだ?」
「えっと、名前はルノルノ、部族はラガシュマ族っていう小さな部族です。年は十四。あたしの二つ年下ですね。家族について聞いたけど、これはちょっと発音があたしらとは違いすぎて分かりません」
ラガシュマの発音は難しい。ゆっくり話してもらえれば何となく聞き取れる。だが単語自体が全く違うこともある。
ミチャも初めて聞いたが、難しさはユルヴァハンやジュキユスに比べて段違いだ。
「ラガシュマ族なんて聞いたことないな」
「そりゃー、遊牧民の中でもかなりマイナーな部族ですし」
シュガルは泣きじゃくるルノルノを見ながら少し考えていたが、ふと気づいたようにミチャに聞いた。
「街育ちで遊牧にも行ったことがないお前が何でその存在を知っている?」
「あたし達カルファ族の親が話してくれる物語の中に出てくるんですよ。草原の西の果てに住む伝説の民族って内容で。男の子達にとっては憧れです。卓越した剣術と馬術を持っていると言われてますし」
「ほう。ってことは、さっきはその伝説の剣術を我々は見たってことか」
シュガルはベラーノの方に振り向いた。
「お前が言うように、こいつは売女には勿体ない。政治屋の件は何とかしよう。こいつの方が得難い。俺が飼おう。それとミチャ、お前が寝食を共にしてこいつを相棒に育て上げろ。ラーマ、それ以外の面倒を見てやってくれ」
「相棒⁉︎」
ミチャは素っ頓狂な声を上げたが、シュガルはそれ以上何も言わず、満足げに二階へ上がって行った。
ミチャは溜息をついてルノルノを見た。
自分の仕事は精神力が第一だ。こんなにめそめそしていて色んなことに怯えている小動物のような少女が務まるのか?
(まぁ、やってはみるけど……)
ミチャはルノルノの肩をぽんと叩いた。
『……今日からあたしがあんたの面倒見ることになったから。よろしくね』
ルノルノはカルファ語を一部しか聞き取れなかったが、よろしくという言葉だけはやけにはっきりと聞き取れた。
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