第26話 決闘
「よくガキ相手に、あんな嬉しそうに喧嘩売れるなぁ」
変態の考えていることはよく分からねぇ、とベラーノは肩を竦める。
ルノルノは構えもせず、ウルクスの方を怯えた目で見ていた。
大男のあの目で睨まれると、自分の頭の中に靄がかかって思考が停止しそうになる。
それでもルノルノは必死に解釈する。
どうすればお父さんの刀を返してもらえるんだろう。
この男は三日月刀を見せながらあの大男を指さした。
やっぱりあの大男と試合しろと言っているんだろうと考えた。
この状況、このジェスチャーからはそれ以外の選択肢を考えられない。
だとして……勝てるのか? あんな恐ろしい男に。
ルノルノは父の刀を見た。
あの刀は父親の形見。父親は殺され、ゴミのように捨てられたのだ。その悔しさ、苦しみ、悲しみをあの刀は秘めている。
それをこの男達に取られたのだ。大事な玩具を取られたのとは訳が違う。
無惨に殺された父の姿が瞼の裏にまざまざと甦った。
急に震えが止まる。
怯えがなくなった訳ではない。だがいつも見ていた父の剣術が、震えを止めてくれたように感じた。
父の遺髪をぎゅっと握りしめる。
覚悟を決め、すぅっと一呼吸し、ゆっくりと木剣を構えた。
「何だ? 小娘。やる気になったか?」
ウルクスはルノルノにそう言うと、構えた。興奮が隠せていない。顔が紅潮し、にやにやと笑っている。
そのにやけた顔に再び恐怖心を煽られる。
しかし父の教えを思い出す。
相手のペースに乗るな。心は常に平静に。
「はじめ!」
ベラーノの声と共にウルクスが咆哮した。
「いくぞぉ、小娘ぇっ!」
大振りにも関わらず、強靭な膂力のために返しも速い。
脇で見ているだけのベラーノですらその攻撃速度には脅威を感じる。
しかしルノルノはひらっと舞うようにその攻撃を躱した。
さらにウルクスの連続攻撃は続く。しかし本気ではないことが剣の軌道から分かる。
当てる気はない。
掠るぐらいの距離で威嚇し、脅しているのだ。
上段から下段、中段と見せかけてまた下段。下に意識が集中したところで、今度は威嚇ではない、鋭い中段の突きがルノルノを胸の真ん中を襲った。
『うぐ……っ!』
ばんっと派手な音がしてルノルノは後ろに跳ね飛ばされた。床に這いつくばるように倒れ込み、肩で息をしている。
「いい動きだった。だが所詮俺の敵ではない」
ウルクスは床に転がったルノルノにゆらっと近付き、涎を垂らしそうな顔でその前に立った。
もう一撃、ルノルノの小さな体目掛けて木剣を打ち下ろす。
「おいおい、手加減するんじゃなかったのかよ」
側から見ているともう一方的な虐待にしか見えない。
「やめろやめろ! 商品が壊れちまう!」
しかしウルクスはやめない。最後に足でルノルノの腹を蹴り上げた。
「壊れませんよ。手加減はしています」
一旦ウルクスは引いた。
その時、ベラーノは目を疑った。あれだけの攻撃を受けていたにも関わらず、ルノルノは肩で息をしながらも立ち上がったのである。
「一体何が……」
「全て木剣で受け止められましたな」
「……まさか、あの突きも打ち下ろしも蹴りも、全て木剣で受けたのか……?」
そして衝撃の瞬間、後ろに体を飛ばすことによって衝撃を制御したのか?
ベラーノは身震いした。間違いない。やっぱり本物だ。もしかしたら自分が思っている以上のものを秘めているのかもしれない。
ルノルノは疲労で重くなった体を何とか支えて立った。
(多分、かなり手加減している……)
剣の軌道も遅くはないが対応できないほど速い訳でもない。蹴りも本気じゃない。もちろん直撃すればそれなりのダメージとなるだろうが、動きを読めなくはなかった。だから全て受け止められた。
しかし自分の体力は早くも限界だ。すぐに息が上がる。十分な休息を取れていない体は簡単にへたばってしまう。体は普段よりも重く、判断力も鈍っている。戦える余裕はもうない。
ラガシュマでは、剣術の練習で大怪我させるところまではいかない。勢い余って小さな怪我をしたりさせたりすることはよくあるが、勝負はほぼ全て寸止めである。
しかしそれはお互いが心身とも健康で、お互い寸止めであることが分かっているから、手加減が出来る。
こちらにもはや余裕が無いとなると話は別だ。
ルノルノは寸止めを狙うことを止めることにした。
身を低くし、剣を構える。
「舐めた真似を……」
ウルクスも対峙して構え直したかと思うと、すぐに大きく踏み込んで剣を振るった。
ルノルノの鳩尾を剣先が掠る。民族衣装のシェクラは防寒のために多少分厚い。服は掠ったが身に当たることはなく、ぎりぎりのところで躱した。
反撃の体勢を取ろうとしてルノルノの動きが止まる。
動きが止まったルノルノをウルクスは見逃さなかった。
「取った!」
小さな頭に目掛けて木剣を振り下ろされる。例え受け止めるにしても強烈なウルクスの攻撃はその防御すら崩してしまうだろう。
彼の目は本気だ。
(受ければやられる!)
ルノルノは咄嗟にそう判断した。
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