第24話 シュガル
三人のうち、一人はウルクスだ。
もう一人は壮年から初老ぐらいの男性で、ナイトガウンを羽織っていた。ガウンの隙間から見える肌は艶の良い、健康的な小麦色をしていた。白髪混じりの髪は短く刈り込まれていて、同じく白髪混じりの髭も綺麗に整えられていた。油断の無さそうな鋭い目は猛禽類を彷彿とさせた。やや中年太りをしているが、何とか中肉中背といったところだ。
最後の一人は若い女性だ。濃い、褐色の肌をしており、艶のある黒髪を腰のあたりまで伸ばしている。目鼻立ちがくっきりしていて艶っぽい美人だ。男性同様ナイトガウンを着ており、その胸元は大きく開いていて、豊かな乳房の持ち主であることが分かる。
「こんな朝っぱらから何の騒ぎだ。よっぽど大事な用なんだろうな、ベラーノ」
ナイトガウンの男がベラーノの横までやって来て、嗄れた声でそう言った。
「いや、シュガルの親父、すまねぇです。例の面白ぇ女を買って来たから見ていただこうと思ったんで」
ナイトガウンの男、シュガルのことをベラーノは親父と呼んでいるが、別に血の繋がりはない。ただ本当の親子以上の絆がそこにはある。
「女? こんな朝に報告することか?」
シュガルはまじまじと虚な瞳の少女を見る。
「小汚いガキだな。顔を上げさせろ」
シュガルは自分では触れない。ウルクスに命じて顔を上げさせた。
「薄汚れているが、悪くない顔だ。体を磨きゃ、客人の方々にも気に入ってもらえるだろう」
「体を売らせるために買って来たんじゃねぇっす」
「ベラーノ。俺は客人達に抱かせる女を買って来いと言ったはずだ。これだけ若いんだ。初物好きにはたまらんだろう」
「でも、俺が腕を落とされかけたってお話しやしたよね?」
「あぁ、聞いた」
ベラーノの腕はシュガルが一番よく知っている。確かに最近は前線には出ないが、かつては「シュガルの狼」として恐れられていたほど荒事を専門としていた。
「確かに聞いたが信じたとは言っていない」
「嘘じゃねぇです」
大真面目な顔をして言うが、それをシュガルは鼻で笑った。
「それが本当ならお前の腕が落ちたってことだろう」
「それは否定しやせんが……正直売女にするには勿体ねぇんです」
するとシュガルはベラーノの肩を抱いた。
「いいか、ベラーノ。俺は本当に役に立つんなら、遊牧民だろうがトゥルグ人だろうがエルベ人だろうが何とか人だろうが気にはしない。俺の金を無駄にしたことも許してやる」
シュガルは身動き一つしないルノルノを指差しながら言った。
「だがそんなこたぁ後でもいいんだ。今俺が欲しいのは見映えの良い女だ。今度の政治屋どものパーティーでありとあらゆる接待が出来る清潔な女なんだ。優先順位が違う」
シュガルは見損なったと言いたげに首を左右に振った。
「ベラーノ。お前が考えている以上に大事なパーティーなんだ。確かに来るやつはどいつもこいつも下衆で碌な奴じゃない。特に大宰相のエチャール卿はだらしない。気に入ったら人の女でも手をつけようとする下衆野郎だ」
シュガルは吐き捨てるように言った。
「しかしそんな奴らでも国を背負うぐらいの絶大な権力を持っている。そりゃあ女をあてがったぐらいでどうこうなるもんではないが、それでもああいう連中の懐柔にはエッセンスとして女が必要なんだ。それが真っ先に優先されることなんだ! それを何だ? 売女にするために買って来たんじゃないだと? 俺の金を無駄遣いしてまで、何を買って来たんだ? このガキをよく見ろ。なかなかな上玉じゃないか。身綺麗にすりゃエチャール卿に差し入れするにはちょうどいいだろう」
そこまで言うと、今度は少し後ろに控えているナイトガウンの女に声をかけた。
「……おい、ラーマ」
「何? あなた」
「鍛錬用の木剣を二本、持ってきてくれ」
「何するの?」
「いいから持って来い! 早く!」
「……分かった、分かったから大きな声出さないで」
ラーマは駆け足で二階へ上がっていった。そして次に現れた時には、三日月刀と同じぐらいの長さの硬そうな木剣を二本手にしていた。
それを受け取ると、ウルクスを呼んだ。
「何でしょうか、シュガル様」
「お前、これであの娘と勝負してみろ」
「そんなことしたら大怪我、下手をしたら死んでしまうかもしれませんがいいんですか?」
「手加減はしろ。客人に出す女だ。多少の怪我なら許容してやる。お前が勝ったら、そうだな、客人に出した後一晩お前に貸してやる。どうだ? 手加減出来そうか?」
「分かりました。大丈夫です」
ウルクスは興奮した様子でにやっと笑った。
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