第23話 最初の躾け
家の周りは塀で囲まれていて、巨大な鉄の門が嵌っている。その門の横には人一人が通れるぐらいの、これも鉄製の扉が付いていた。塀の中がどうなっているのか分からないが、犬の唸り声が聞こえてくる。
ベラーノは門の前まで行き、扉の横に付いている紐を三回引っ張った。
しばらく待っていると、扉の向こうから男の声がした。
「どちらさまですか?」
「ベラーノだ」
覗き窓が開いて顔を確認する。
「後ろの遊牧民は?」
「新しい奴隷だ」
扉が開いた。そこには山のような大男が立っていた。頭に毛髪はなく、代わりに何かの紋様の刺青を入れている。顔にはおおよそ表情というものが無い。
大男はちらっとルノルノを確認した。
「衰弱しているようですが」
「あぁ。だがこれでも回復した方だ。あと一、二週間は安静だそうだ」
扉が開くと、ベラーノはぐいっと鎖を引っ張って、ルノルノを歩かせた。中に入ると、そこは庭になっており、犬達が警戒して威嚇しながら吠えてきた。庭は広く、屋敷まではそこそこの距離があった。
「この荷物はどうするんです?」
イラムが担いでいる荷物を見て、大男がベラーノに聞いた。
「ほとんどゴミなんだよなぁ」
要はゴミをユンに押し付けられたという訳だ。
「こいつだけ使い道がある」
「地味な三日月刀ですな。しかも抜き身ですか」
「鞘が無ぇんだ」
するとルノルノがうわごとのように喚き始めた。
『お父さんの刀……返して……』
ルノルノはベラーノに迫った。
さっきまで素直に従っていたのに、三日月刀を持ち出した途端、突然自ら動き出したルノルノにベラーノは少し驚き、大男に言った
「ウルクス、悪ぃがこの奴隷、取り押さえておいてくれ。俺は両手が塞がってる」
ウルクスと呼ばれた大男はルノルノを力尽くでベラーノから引き剥がすと、その頬を思いっきり張った。
ぱしーんと甲高い音がして、ルノルノは倒れる。しかしそれで終わりではなかった。ウルクスはさらに馬乗りになってルノルノの首を絞め上げた。
声を上げることもできず、ルノルノは苦しさでもがいた。
「もういい、大事な商品だ! やめろ」
ウルクスは意識を落とすぎりぎりまで絞めてから、解放した。そして離れる際にもう一回、今度は反対側の頬を張った。
「騒がしい女を黙らせるにはこうするに限ります」
無表情だったウルクスの顔が喜悦に満ちている。
そうだった。こいつは幼女をいたぶるのが好きな変態野郎だった、とベラーノは苦笑いした。
「おら、立てよ」
ベラーノに鎖を引っ張られて、項垂れ、びくびくしながら立ち上がる。ルノルノは怯え切っていた。それと同時に今の自分の状況が分かってきた気がした。
この二人は自分を躾け、家畜にしようとしているのだ。
いや、家畜ですら殴られるようなことはしない。今の自分は家畜以下だ。
反抗すれば殴られ、首を絞められる。
絶望した。
生と死の間で葛藤し、それでも何とか生き長らえたと思ったらこの仕打ちである。
今まで祈って来たシルミトゥ・ラサハを始めとする神々、先祖の霊とは何だったのだろう?
なぜ自分は生き残ってしまったのか?
まるで呪いにしか思えなかった。
ルノルノはベラーノに引っ張られるまま、屋敷の中に入った。
そこは広いホールになっていた。壁のいたるところに青い施釉レンガが嵌め込まれていて、美しく落ち着いた空間となっていた。二階までは吹き抜けになっていて、ホールの左右両端に二階へと上がる階段がついている。その階段を上がった向こうには左右に廊下が伸びており、どこに続いているのかは分からないがかなり広い構造をしていた。
正面はガラス張りになっていて中庭が見え、そこから太陽の光を取り入れて玄関ホールを明るく照らし出していた。光は壁の青い釉薬に反射して美しいコントラストを醸し出していた。
どれも初めて見るものばかりだが、だからこそルノルノは恐怖した。その華麗な景色は自分を蹂躙した者の象徴に思えたからだ。
「ウルクス、悪ぃが親父を呼んできてくれ。こんな汚ねぇ小娘、部屋に入れる訳にはいかねぇから」
「分かりました」
ウルクスが二階へと上がっていき、右奥へと消えていった。
ベラーノは待っている間、三日月刀を眺めていた。
この遊牧民の言葉はさっぱり分からないが、この三日月刀を見た途端、人が変わったように叫び出した。
「こいつを奪って俺たちを殺そうとしたのか? え?」
言葉が通じないことは分かっていながら、待っている間の退屈しのぎに話しかける。
「それとも、よっぽど大事なものなのか?」
素朴な作りでそんなに大事なものには見えない。そもそも刀剣のことなんかさっぱり分からないから良い物かどうかも分からない。遊牧民のことだからそんなに良い物という気もしない。
「しかし、すっかり大人しくなっちまったな。あのハゲ、やり過ぎだ」
ぼんやりと虚な目で三日月刀を見つめているルノルノの顔を見て不安になる。
そもそもここに連れて来た理由もあの剣術の腕をシュガルの親父に見てもらうためだ。ここまで意気消沈してしまったらちゃんと動けないんじゃないか。
そんなことを考えていると、三人の男女が姿を現した。
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