第22話 飼育

 次の日から、ユンはルノルノを文字通り犬のように飼育し始めた。



「湯を浴びせてやりたいのう」



 虱と臭いが酷い。同居人のイレイヤは香を焚き、「早く引き取ってもらいなよ」とあからさまに嫌な顔をした。


 ユンの家には風呂がない。数日に一回、風呂屋を利用している。


 だがこんな汚い奴隷を風呂屋に連れて行く訳にもいかない。


 犬と一緒に水浴びをさせてやるかとも思ったが、春とはいえ夜はまだまだ肌寒い。体調を余計に崩しそうなので、それも止めておいた。



「まぁ、ほんの一週間程度じゃ」



 イレイヤにもそう言って我慢させた。


 ルノルノは奴隷としては出来が良く、素直で、反抗もしなかった。


 ユンの治療は意外に献身的で、そのお陰でルノルノの体力は徐々に戻っていった。


 そして七日目の朝を迎えた。体調は万全とは言い難いが、かなり回復した。


 万全の状態にするならあともう一、二週間は欲しいところだが、如何せん衛生的に問題がある娘なので早々に引き取ってもらうに限る。


 ベラーノは夜が明けてすぐに引き取りに来た。ベラーノ以外にもう一人、お供がいた。荷物を運ぶために連れて来たのである。ベラーノの奴隷で名をイラムという中肉中背の男だ。ユンが売ってやった奴隷の一人である。



「ユン爺。来たぜって、臭えな。洗ってねぇのかよ」



「風呂屋にも連れて行けんしな」



「シュガルの親父がキレても知らねぇぞ。あの人かなりの潔癖症だからな」



「まぁ、その時はお前さんが上手く立ち回ってくれ」



 ルノルノを繋いでいる鎖を壁の固定具から外し、ベラーノに渡す。



「あぁ、その奴隷じゃが、まだ体力的には万全じゃないぞい。あと一、二週間ぐらいは無理をさせてはいかん」



「あぁ、分かったよ。よし、行くぞ」



 イラムにルノルノの荷物を持たせ、ベラーノはルノルノの首輪についた鎖を引っ張って歩いた。道往く人が好奇の目で見送って行く。まるで見せ物だった。


 ルノルノは今自分の置かれている状況を一生懸命整理しようとする。


 人のいっぱいいるところに来た。親切な老人がご飯を食べさせてくれた。どういう理由か分からないが、その老人を殺そうとした男の人が出て来たからそれを助けたのに、老人は自分のことを自由にしてくれなかった。そして今はその老人を殺そうとした男に引き取られてどこかに連れて行かれている。


 人を疑うということを知らないルノルノはその脈絡のなさに戸惑っていた。せめて言葉が分かれば何か分かるのかもしれないが、それは無理な話だった。ただ分かるのは今の自分の状況は自由を奪われ、見せ物になっていて、とても惨めだということだ。



(どこへ行くんだろう)



 あの暗闇でもがいていた時は何度も絶望し、何度も死んでも仕方ない、死んでも構わないと思って来た。こうも惨めな思いをするとますます死にたくなった。


 ユンの家を出てそこそこの時間歩いている。朝なので人通りはまだ少ない。


 朝日が眩しい。


 ルノルノは晒し者のように首輪に鎖を繋げられ、手枷をされたまま、引き摺られるようにして歩いている。いつの間にか、姉や両親、仲間に囲まれたあの温かい日々に思いを馳せていた。途中、通りすがりの男と肩がぶつかる。よろめくと男がすかさず怒鳴ってくる。



「んだよ! この奴隷! ちゃんとけろ!」



 何を言っているのか分からないが、すごく怒った顔をしていた。


 言葉も分からない。でもみんなが自分を見て嫌な顔をしたり怒った顔をしたりする街。それがメルファハンに対するルノルノの第一印象だった。



「くさいくさい。あの奴隷、くさいよ」



 ルノルノを見た子供達がそんなことを言ってあっち行けと石を投げて来た。そんなに大きい石ではないので怪我まではしないが、それでも肌に直接当たると痛い。



「おいこら、クソガキ! 大事な商品を傷つけるんじゃねぇ!」



 ベラーノが怒鳴ると、子供達はわぁっと蜘蛛の子散らすように逃げていった。


 やがて大きな屋敷が建ち並んでいる小綺麗な場所にやって来た。



「ここだ。ちょっと待ってろ」



 辿り着いたのは一際大きな屋敷の前だった。


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