第21話 取引

 ユンは日数を指折数えた。



「二週間……。ぎりぎりじゃな。三週間待ってくれれば、確実じゃが。二週間後は厳しいかもしれん」



「何でだ?」



「フォガスにいる息子から奴隷が送られてくる。それが丁度二週間後ぐらいじゃ。なんやかんやで遅れることもあるからの」



 フォガスの街はメルファハンから遥か西にある港町である。レンデル湾という西の海に面しており、奴隷取引の中心地であった。フォガスに集められた奴隷はメルファハンにも送られてくる。その数は三百人を超える。



「じゃから確約は出来んよ。いくらシュガルの旦那の頼みでもな」



 そう言って話を終わらせようとするユンに、ベラーノは意味深長に笑って言った。



「……でも半年前は集められたんだろ?」



 ユンはどきりとした。


 実は半年前にも「アンテカール」から一人三十五ミアリで二十人集めて欲しいという依頼があった。


 ところがほぼ同時期、別の裏組織「イーラムル」から同じ条件での発注があった。


 「イーラムル」は「アンテカール」と勢力を二分する巨大裏組織の一つだ。


 「アンテカール」と「イーラムル」はお互いを牽制し合い、時々抗争も繰り広げているような仲である。


 この時、運の悪いことに在庫となる奴隷もおらず、どちらかの仕事を断らざるを得なかった。


 「アンテカール」はユンにとっては超の付くお得意様である。だから「アンテカール」側の話を請け負うべきであった。


 しかしユンは考えた。より顧客を増やし、市場を拡大するためには、新顧客からの大きな商談をまとめるのが一番早いと。そこで「アンテカール」を断り、「イーラムル」の商談をまとめてしまった。


 ベラーノはそのことをどこからか聞きつけて知っているのだ。


 ベラーノはにやにやしながら少し傷んだいちごを一粒、ぽいっとルノルノの前に投げた。ルノルノはそれを拾ってベラーノの顔を見上げるが、彼はもう彼女のことを見ていなかった。犬に餌を与えるよりも扱いが軽い。



「心配するな。シュガルの親父はこの話を知らねぇよ」



 ルノルノは少し傷んだいちごを眺めていたが、ベラーノが食べていたので食べられるものだということは分かった。しかし見たことがないものなので、少し躊躇する。意を決して食べてみると、初めて味わう甘味と酸味が口の中に広がった。



「し、しかし……今日卸して来た奴隷の女なんて二人しかいないし……後はこの娘ぐらいじゃぞ。今は入荷待ちで在庫も二十歳以下はほとんどいない」



「他の奴隷商人に当たりゃいいじゃねぇか」



「そりゃ当たってはみるが……せめて二十五歳以下に……」



「無理ならそろそろその二枚舌を一枚落としてやるだけのことさ」



 ベラーノがポケットからナイフを取り出してユンに突きつけた。


 次の瞬間。


 ぱんっ! と軽い音がしてベラーノの手に軽い衝撃が走った。ナイフが宙を舞い、放物線を描いて飛んだかと思うと、離れたところの床に落ちて刺さった。


 ベラーノもユンも何が起こったのか分からず、しばらく呆気に取られていた。


 三日月刀の刃が二人の間に割って入るように突き出ている。ゆっくりとその刀を握っている小さな手を見た。


 ルノルノだった。


 彼女の手には床の上に置いてあったはずの三日月刀がいつの間にか握られていた。


 首輪が喉に食い込むぐらい精一杯体と腕を伸ばしてナイフだけを狙って跳ね上げたのである。



『命の恩人は殺させない』



 もちろん二人にはラガシュマ語が通じない。だが状況的に考えて、ユンを守ろうとしたのだろうということは理解出来た。



「おいおい、奴隷の手が届くところにこんなご禁制の品を置いちゃだめだろ」



 ベラーノはそう言って落ちたナイフを拾いあげてポケットに仕舞った。それを見てルノルノも刀を下げた。ユンはルノルノを宥めながら三日月刀を取り上げ、手枷を嵌め直した。


 三日月刀はルノルノの手の届かないところに離しておいた。



『何するの? お父さんの刀、返して!』



 突然喚き出すルノルノの様子を見て、ユンは恐らく刀を返せと言っているのだろうと推測した。そこで手は届かないが一応見えるところに刀を置いてやった。それで少し大人しくなった。



「おい、ユン爺」



「何じゃ」



 この娘、小汚い遊牧民だがなかなかすじがいい。


 ベラーノもこの組織に入って色んなことをやってきた。ナイフにかけては少し自信もあったから危険な仕事もやったことだってある。


 確かに年を食い、幹部と呼ばれる地位についてからはそんなこともしなくなった。


 それでもその辺のチンピラ風情よりは腕に自信はある。


 そんな自分が彼女の剣尖を捉えることが出来なかったのである。


 それだけではない。


 彼女はナイフのような小さなまとを狙ったにも関わらず、誰も傷つけずに跳ね上げて見せた。


 不意を打たれたというだけでは説明がつかない。


 神速にして巧緻。


 つまり、少女がその気なら自分の腕は飛んでいた。下手をしたら命だって危なかった訳だ。久しぶりに肝が冷えた気がした。



「この娘、手つけにくれ」



「え?」



「何、無料タダでとは言わねぇよ。四十で買ってやる」



「そ、それはありがたいが……どうするんじゃ」



 ベラーノはにやりと笑った。



「シュガルの旦那に見せる。あれを売女ばいたにするのは勿体ねぇ」



 ユンは頭の中で素早く計算する。


 どこの誰に売るかによって値段は変わるだろうが、子供の性奴隷の相場は二十から二十五ミアリぐらいだ。


 顔はなかなかに可愛らしい顔をしているので、交渉次第で三十ミアリ、欲張っても三十五ミアリまで引き上げられれば良いところだろう。


 それを四十ミアリで買うと言っているのである。


 ユンは悪くないと言うように頷いた。



「おお、そうじゃ。馬もおるが買わんかね」



「馬ぁ?」



「この娘っこの持ち物じゃよ。厩に入れておるが、正直邪魔でな。シュガルの旦那は馬が好きだっただろう」



「いいぜ。相談してきてやる」



 ベラーノのこの言葉がだめ押しとなった。



「よし、分かった。シュガルの旦那に譲ろう。じゃが、あのガラクタも一緒に持っていってもらうぞ。特にあの刀はうちにあっても物騒なだけじゃ。あ、燃料だけは貰っとくがな」



「分かった分かった」



「それと、もうしばらくはここで寝泊まりさせる。体力的にも限界じゃろう。そうじゃな、一週間後ぐらいに取りに来てくれ」



「ほいよ」



 ベラーノはユンに手つけ金として十ミアリ払うと、そのまま帰って行った。



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