第20話 介抱
「しかし言葉が通じんと厄介じゃのう」
ユンはまじまじとルノルノを観察する。
薄汚れているが、着ているのは民族衣装だ。形はユルヴァハン族の民族衣装に似ている気もするが、裾がそれよりも長い。また裾についている刺繍も見たことがない紋様だった。鉢巻にも似たような紋様が刺繍されているが、ユルヴァハン族が鉢巻を巻いているところを見たことないので、やはり知らない部族のようだ。
薄汚れていて臭いも不快な少女だが、こうして正面から見ると目鼻立ちが整っていて、意外に可愛らしい顔をしていることに気づく。欠点があるとしたら顔が虚で生気を感じないところだろうか。
まぁ、それは腹が減っているのと疲れているのとが原因じゃろう、と勝手に納得した。
「ふむ……これは掘り出し物かもしれんぞ」
当初は二十ミアリ程度と踏んでいたが、もっとするかもしれない。これで健康状態を良くし、多少太らせて身綺麗にしておけばもしかすると三十ミアリ、いや欲張れば交渉次第では三十五ミアリぐらいの値がつくかもしれない。
「イレイヤ。何か食うものを持って来てくれ。柔らかいものがいい。固いものは腹を壊すかもしれん。あぁ、器は何でもいい。何なら犬のやつでもいい」
イレイヤは昨日の残り物であるレンズ豆で作ったスープを犬の器に入れて持って来た。
犬がそれを狙ってイレイヤの足に纏わりつく。
ユンがその器を受け取ると、今度はユンに纏わりついた。
「しっしっ、これはお前さんのじゃないわい」
犬をイレイヤに任せ、そのスープをルノルノの前に置いた。
「食っていいぞ」
手枷を外し、匙を手渡しながら手振りでそう促す。ルノルノは床に座ったまま食べ始めた。
『ありがとう……』
ユンには彼女が何を言っているのか分からなかったが、何となく感謝しているのだろうということにしておいた。
「パンはスープに浸して少しずつ食え」
動物に餌を与えるように、薄いパンをちぎってスープに入れてやる。ルノルノは匙で掬ってそれも少しずつ食べた。死にかけていた彼女には屈辱という言葉は無い。ただ恵んでもらったものに感謝して食べた。
イレイヤの手から逃げた犬がその分け前を狙って、今度はルノルノの周りをうろうろし始めた。
「こら、しつこいのう」
ユンは犬を追い払おうとしたが、ルノルノは気にもせずパンの欠片を手に取って犬にも食べさせてやる。犬は彼女の手からその欠片を食べた。
ユンには動物と同じ目線でご飯を食べること自体、何か薄汚れたものに感じてしまう。遊牧民というのは動物並みじゃな、と思った。
その時、犬が急に耳をぴんと立てて、玄関の方を警戒しだした。
「誰か来たかの」
申し訳程度のノックがしたかと思うと返事も待たずに玄関の扉が開いた。
「おい、ユン爺、帰ったか」
「あぁ、ベラーノか」
入って来たのは目つきの鋭い男だった。肌は浅黒く、鷲鼻のために余計に顔が鋭く見える。背は中肉中背で歳はイレイヤと同じぐらいだろうか。ユン以上に油断ならない目をしていた。
ベラーノは入って来るなり、顔を顰めた。
「何だこの臭いは」
「新しい奴隷じゃの」
「新しい奴隷?」
ユンは目配せで治療部屋の床に座ってスープを食べている少女を指し示した。
「どこかの遊牧民で、城門のところで拾ったんじゃよ」
ベラーノはなるほどと頷いた。
「子供の女か。身綺麗にすりゃ売女としても高く売れるだろうな。今日は大儲けだな」
ユンはまた喉の奥でひっひっと笑った。
「小遣い程度じゃよ」
ベラーノは治療部屋に足を踏み入れ、まじまじとルノルノを観察した。
「ただちと幼過ぎねぇか? どうみても十一、十二ぐらいにしか見えねぇんだが?」
「それならそれで、そういうのが好きな御仁に売れるというもんじゃよ」
「そういうのが好きな御仁ね。俺には良く分かんねぇけどな。女は出るところが出ているのが抱き心地もいいってもんだろうに」
ベラーノはそう言って肩を竦めた。
「まぁ、
ベラーノはルノルノをまるで汚いものを見るような目で眺めながら答えた。
「仕事の話だ。見栄えの良い若い女を十人ばかり見繕って欲しい。一人四十で買う」
「女を十人か」
「あぁ。シュガルの親父がご所望だ」
シュガルとはベラーノの上司の男で、この街の裏社会を総べている裏組織の一つである「アンテカール」の首領であった。政治家や貴族、軍人にも繋がりがある相当の実力者で、ユンとは懇意の仲であった。
「若いって何歳ぐらいじゃ?」
「さぁ?はっきりとは言われなかったが……
「二十歳⁉︎ ……いつまでに?」
「二週間後」
イレイヤが治療部屋に顔を出していちごを何個かベラーノに手渡した。彼はイレイヤに礼を言うと、一つ頬張った。
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