第19話 奴隷商ユン
街の中をしばらく進んでいくと、市場に辿り着いた。
人通りが一層増え、物売りの客を呼び込む声が響く。
とある場所で檻から下ろされる。この時、手枷が嵌められた。
「その娘っこはわしが引き取る」
健康状態が良くない。他の奴隷と一緒にしたら疫病にかかる恐れがある。
「わしはこの娘っこを介抱して来るから、後のことはメッサラに任せる。頼んだぞ」
メッサラはユンの片腕として働いている男だ。彼は一旦頷くが、思い出したようにキルスを指差した。
「馬はどうします?」
キルスの健康状態は悪くないと言っても腹は空かしているだろう。干し草でも与えた方が良さそうだ。
「その辺のラクダや馬と一緒に厩に入れておけ。あぁ、そうだ。その馬の背にある荷物だけはうちに運び込もうかの。誰かその荷物を持って付いて来てくれんか」
「承知しました。ジンマ、ハーシュ、ユン様に付いていけ」
二人は見習いで働いている男達である。
「はい」「了解」
ジンマとハーシュはキルスから荷物を下ろし、馬具を脱がせた。
「馬具はいらん。その馬と一緒に保管しておけ。抱き合わせて売る」
二人は頷いて馬具はキルスの近くに置いておくことにした。
「よし、では行こうかの」
ユンはルノルノに取り付けられた鎖を引き、後の仕事をメッサラに任せて連行した。
途中、馴染みの果物屋に寄っていちごを購入する。奴隷を仕入れに隊商を組んで行くとなると新鮮な果物が食べられなくなるので、帰って来た時は必ず何かしら果物買う。ユンの習慣であった。
彼の家はこの市場の中にある。
奴隷商の大物という割にはリビング、食堂含めて六部屋ほどしかない簡素な家である。黒い犬が出迎えに出て来たが、見知らぬ人間を連れて帰ってきたので、興奮して吠え始めた。
「あぁ、もう、静かにせんかい。うるさい」
ユンは犬の頭をわしわしと撫でて黙らせた。
「おかえり。帰って来たのかい?」
一人の女性が顔を出した。黒く長い髪を束ねて後ろに流し、褐色の肌をしている。歳は四十前後といったところか。少し太っているがそれが逆に肉感的であった。ユンよりはかなり若い。
「おお、イレイヤ。今帰った」
イレイヤは異臭に顔を顰めた。
「何だい。その汚いものは」
服装からルノルノが遊牧民と分かったのだろう。嫌な顔をした。
「体調の悪い奴隷さね」
「何か悪い病気じゃないだろうね」
「分からん」
買って来たいちごをイレイヤに渡しながらそう言った。彼女はそれを一粒、つまみ食いした。
ユンはジンマとハーシュを振り返って指示を出した。
「荷物はその辺に置いておいてくれ。ご苦労じゃった。もう戻っていいぞ」
玄関の端に荷物を置かせると、足労をかけた彼らに二レントスずつといちごを三粒ずつ、それぞれ駄賃として渡して帰した。
ルノルノを玄関の脇にある部屋に入れ、そこの床に座らせる。壁には鎖を固定しておく金具が付いてある。そこに鎖を固定すると、ルノルノの自由はこの部屋だけになってしまった。
ここは体調の良くない奴隷を介抱するために設けられた治療部屋である。トイレも毛布も完備されており、寝るだけなら問題ない部屋である。
「さて、ちょいと体を見せてもらうぞ」
まず下瞼裏の結膜を見る。そして脈を取り、腕の太さ、脚の太さ、腹を触る。
「少し痩せていて貧血もあるが、あらかたは大丈夫そうじゃな」
奴隷の体調管理も奴隷商の仕事の一つである。だからちょっとした医者の真似事なら出来る。疫病ぐらいになるとさすがに医者に診せるが、ちょっとした体調不良ならユン自身で治療出来た。
次に馬から下ろした荷物を確認するため、治療部屋に運び込む。
「さて、どんな宝物を持って来ておるのかの」
燃料になる家畜の糞。どろどろの毛布。シーツに巻かれた何か。日用品の数々。
家畜の糞は意外に売れる。もちろんそんなに高い値段で取引されるものではないが、燃料としてはこの街でも普通に使われている定番のものである。自分達で使ってもいいぐらいだ。
薄汚れた毛布は売れやしないだろう。何ならこの娘に持たせてやってもいい。
床にシーツに包まれたものを広げてみる。すると抜き身の三日月刀がごろっと出てきた。
「おっと危ない……こりゃまた、物騒なもん包んでおったな」
武器の扱いは国が統制している。所持自体は問題なく、隊商も野盗よけに持っていることも多い。ただ、製造・販売は国から特別に認可を受けた鍛冶屋・商人だけが行い、一般の鍛冶屋・商人が扱ってはいけないことになっている。ユンの場合、所持と認可された商人への売却は出来るが、一般人への売却は出来ない。
まじまじと刀を見た。質素な刀である。柄に装飾はなく、刃も数カ所こぼれている。売ってもそんなにいいお金になるようには思えなかった。
火打ち石と火打ち金も売れなくはないだろうが、これも自分で使ってもいい。
意外にナイフが切れ味も良く、使い勝手が良さそうだ。これは貰ってもいい。
所持品を並べてみると、本当に着の身着のままに出て来たといった様子だった。
「大した物持っとらんなぁ。家族とでもはぐれたか?」
ルノルノに語りかけるが、ルノルノはじっと虚空を虚な目で見ているだけで、何も答えなかった。
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