Sideマコト
ヨシノとの待ち合わせは、駅前のチェーン店のコーヒーショップ。数年ぶりに彼女から連絡があり、会うことになった。ヨシノとの友情が結婚後にまで続くなんて思なかったな。
日曜日のコーヒーショップの店内は、学生と、カップルが多い。休日だからだろうか。それなりに賑わっている。客が注文するモノはコーヒーよりもそのトッピングの方が主張が強い感じがする。けれど、私はアイスコーヒーを頼んで、店内でヨシノを探す。
「こっち、こっち」
と手を振っているヨシノが目に入る。
「久しぶりだね。
私はその席に向かい、目の前に座る。
「なぜ、フルネーム?」
私が
「う~ん……。今でもこう呼ばれるのなれない?」
「そうでもないよ、
「そっちもフルネームじゃん」
会話のテイストとニュアンスから学生時代の雰囲気を感じる。一瞬にして、昔を思い出す。
「で、長田くんは元気なの?」
「啓介さんは元気ね。最近は、体力の低下に悩んでいるみたいだけど」
「まだ昼間だって」
「そっちの方に繋げるなっての。単純に長距離走れなくなったとか、足が遅くなったとかだゾ」
今の会話をなかったかのようにヨシノは振る舞う。トッピングの主張の強いコーヒーを彼女は口に含んで続ける。
「真介くんは?もう、高校生だっけ?」
ヨシノに真介を見せたのは、真介が小学生のときが最後だ。よく覚えているなって思う。私なら覚えていないかも。
「アイツ、なかなかに啓介さんの子供ね。今日、デートに藤森公園に行くって」
「ふふ、そんなことある?嫌がらせみたいな奇跡ね」
クスクスと笑う、ヨシノ。私も釣られて笑いそうになる。
「そうそう。私と啓介さんの初デートはそこだったね。啓介さんは2時間も遅れてきたけど」
「よく途中で帰んなかったね」
自分でもそう思う。今、なんの連絡もなしに2時間待たされることになったら、絶対に途中で諦めて帰ってしまう。
「そう、暇だったんだと思う。高校生だし。時間は沢山あったのかも」
今みたいに仕事に追われて、家事に追われて、子供の面倒を見て。そんなしがらみが一切ない。羨ましく思う。
「啓介さん今だのそのときの話を出すと、苦虫をかみつぶしたような顔をするよ。まぁ、電車の事故じゃ仕方ないよね」
一旦、会話の流れが止まった。高校生のときのようにはスムーズに話が進まないのだ。歳のせいか、とちょっとだけ悲しくなる。
私は話題の別方面に切り替えた。
「そういえば、ヨシノ。アンタもあのとき、藤森公園にいたよね?あれ、なんでだっけ?」
絶対に高校生のときに聞いているはずだ。なのにその理由が思い出せない。
「わたしもデートだよ。当時の彼氏とね。マコトにあったのはホントに偶然」
今考えれば、藤森公園を提案したのはヨシノだ。デートの行き先は把握されている。日時はきっと私のスケジュールをそれとなく聞きだしたら、逆算できるののではないか。
だったら、簡単に偶然が作れる。
「そんなこともあるの?」
「そんなこともあるの」
ヨシノが嘘をついているようには見えない。もし、彼女の言うことが嘘なら、啓介さんのデート相手はヨシノになっていたはずだ。
「まぁ、そういうことにしといてやるよ」
「そういうことにしておいて」
お互いに、コーヒーを啜る。
ヨシノは私と啓介さんとのデートを覗きたいと思っていたのではないだろうか。野次馬精神というか、のぞき趣味みたいな。もっとも、真実は藪の中だけれど。
「そういえば、あの言い伝えは本当だったのね」
「あぁ、藤森公園でデートすると結ばれるとかなんとってやつ」
「そう。わたしには嘘だったみたいだけど。マコトには本当だったみたいだね」
藤森公園でデートのことなんて、頭からすっかり抜けていた。真介がいなかったら思い出さなかったくらいだ。
そして、結婚に至るまでに私も結構、努力した。だから、運命だけとは思わない。
きっとその努力を――青春と呼ぶのだろう。
啓介さんをデートに誘ったこと、相手を辛抱強く待つこと、etc……。そういうのが――私の青春だったのだ。
「で、マコト。今はどう思ってるの?長田くんと生活を共にして、真介くんが生まれて」
「うん……」
少し考える。
カフェの外の景色が視界に入る。
半袖のシャツ1枚の人が多い。ジャケットは手で持っている。
もう、夏が近いのだ。
「私の青春は終わったけれど、案外いいものね。青春が思い出になっても」
「そう」
私達は再び、思い出話に花を咲かせた。
――自分の息子は上手くやっているのかな。
それだけが気になった。
アイツにとってはイヤな奇跡だろうけど。
私の恋路と嫌がらせの奇跡 愛内那由多 @gafeg
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