幼馴染を襲ってみたら、反応が満更でもなかった。

氷塊

「つい出来心で……」

 俺には幼馴染がいる。

 名前は春夏、同い年だ。

 実家が道路の向かいにあったため、昔から仲良く遊んだりしていた。高校生になって、成績が近かったこともあり、どちらかの家で勉強することも何回かあった。


 そうして距離が近づく度に、俺は春夏への好意を実感するようになる。

 最初に違和感を覚えたのは、中学三年生の時だ。お互い高校の進路が同じで、過去問を春夏の家で解こうと落ち合った時、採点での彼女との距離に胸がドキドキしていたことを覚えている。


 高校三年生になり、進路が別々である事を知る。各々、進む学問が違ったのだ。春夏は医療系の学問に道をずらして、俺は理学系の学問に真っ直ぐ進んだ。

 卒業式のあと、気持ちを伝えた。

 しかし、幼馴染であったが故に俺のことを異性として見ることが出来ないと言われた。


 それでも、大学生になってからも、お互い連絡は取り合っていた。幼馴染だから。


「お邪魔しまーす」


 ある日、春夏が家にやって来た。

 大学生になって俺はひとり暮らしを始めたため、その偵察隊として派遣されたらしい。


「相も変わらず部屋が汚いね」

「罵りに来たならお引取り頂こうか?」

「冗談だって」


 誰の許可もなく部屋に上がっては、僅かな部屋を見て回り、汚い汚いと星一を付けては歯ブラシの本数にまでケチを言い始めた。


「偵察終了! 異常なしです、隊長!」

「誰が隊長だ。というかマジでなんのために来たんだよ」

「いやぁ、まぁ何となく?」

「何となくってなんだよ」

「ほら、君が浮気とかしてないかなぁと」


 浮気云々の前に、俺は春夏に振られた事を忘れないで頂きたいが。

 結局、今日彼女が来たことも、俺をいじるためだけに来たのかもしれない。


 そんなことを考えながら、春夏が好きだというブラックコーヒーを淹れる。もちろん、俺は砂糖多めのミルクコーヒーにする。

 同じコップとスプーンを使っているのに、中に入っている飲み物は全く違っていた。


「お疲れ様。漫画には零すなよ」

「おぉ、君にしては気が利くね!」

「上から目線でウザイので回収します」

「嘘です嘘です! ありがとうございます!」


 漫画から手を離すと、春夏はやや警戒心を帯びた顔でコーヒーを口に含んだ。とても、ブラックコーヒーを飲んだあととは思えないほど、ゆったりと穏やかな表情をしていた。


「飲む?」


 春夏はニヤニヤと笑っており、元より俺がブラックを飲めないことを知っていることが相まって、余計にムカついた。

 そして、感情に身を任せてしまった。


「あぁ、ありがとう」

「えっ――、ちょ!」

「苦い……」


 コップに口をつけた瞬間、ほんのりと甘い感覚があった。その勢いで飲めると勘違いをした結果、やはりブラックは無理だと再確認したのだ。僅かながら吐き気が催されたが、砂糖多めのミルクコーヒーで口直しをして、何とか耐えた。


「や、やっぱり君にブラックは早いね!」

「春夏、顔赤いけど大丈夫か?」

「ふぇっ!? あ、いや、大丈夫!」


 梅雨入り前なのに今日は暑いねなどと言う春夏を見て、何となく勝ち誇った気でいた。

 きっと、関節キスを気にしていたのだろうと。だが、どうやら俺の方が一枚上手だったようである。


「本当か? おでこ貸してみ?」

「いやいやいや! ホントに大丈夫だから!」

「熱あったらヤバいだろ……?」


 春夏のおでこに手を伸ばし体を前のめりにして近づくと、耳を真っ赤にして顔を伏せている春夏に腕を掴まれて止められた。


「マジで……大丈夫だから……」


 その瞬間、好奇心に申し訳なさが勝った。

 我に返った俺は、空になったコッブを洗い始め、気を紛らわせた。

 春夏はといえば……、


「春夏……?」

「……」


 どうやら熱心に漫画を読んでいるようだ、とはならず、不機嫌なのがよく分かる。

 怒ると黙る人がいるが、春夏もその類だ。


「ごめんって。今からコンビニ行くけどさ、好きなの奢るから、な?」

「全く……、今回だけだからね。次は絶対に許さないから、ばか」


 まだほんのり赤い耳に、怒りは無かった。

 そして、すぐ近くにあるコンビニに行き、今夜は晩酌をして、春夏は泊まっていく事に決まった。幼馴染だから、大丈夫だろうと。

 しかし、今日の俺は違った。先程の反応を見たことで、俺の頭の中は好奇心でいっぱいだった。


「っぷはー、久々に飲む酒は美味いっ」

「春夏、飲み過ぎるなよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」


 もう既にかなり酔っいるようだが、本当に大丈夫だろうか。短時間で大量に飲んで家に吐かれても困る。


「ほらぁ、君ももっと飲みなよぉー」

「飲んでるって」

「もっとー! ほーら!」


 体を密にくっつけ、グラスに梅酒ソーダを注いでは無理やり飲ませてくる。

 俺の意識は、腕に当たっている春夏の胸に集中していた。柔らかくて、温かかった。


「あー、胸見たでしょー? えっちぃ」

「誰がそんな貧相なものを見るか」


 なんとか言い返し、春夏から距離を置く。


「貧相じゃねぇしぃ」


 春夏が胸部を手で押し上げ、わざと大きさを強調してくる。その様子とさっきの感触とを重ねてしまい、遂には――、彼女をソファの上に押し倒してしまった。


「……なに?」

「いや、可愛いなと思って」

「……ふーん」


 春夏の顔が赤い。同様に、俺もきっと顔が真っ赤に染っているだろうと思う。

 お互いの呼吸音が聞こえる距離、あと少し近づけば、顔が触れ合ってしまう距離。


「私のこと、まだ好き?」

「いや、もう諦めたよ」

「……じゃあ、なんでこうしているの?」


 春夏は冷静に、一文字ずつ丁寧にゆっくり喋っていた。まるで、酔いなど嘘のように。


「――春夏が好きだから」

「……嘘つき、ばか、好き」


 唇に、ほんのりと甘い感覚があった。

 そして、二人で同じ夜を過ごした。

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幼馴染を襲ってみたら、反応が満更でもなかった。 氷塊 @hyokai_shosetsu

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