第5話

 俺たちが彷徨い歩いた末に辿り着いたのは、某チェーンの居酒屋だった。

 縦に細長い入り口を構えていて、そこから続く階段をあがると店の扉が見えてくる。

 入店し、席が空いているかを確認すると、カウンター席が座れるとのことだった。


 ふたりはそこに腰をかける。今時の居酒屋は進んでいて、スマートフォンに指定のQRコードをかざすと食べ物、飲み物を注文することができるのだ。普段、居酒屋に行かず、都会の飲み屋なんて大学生ぶりの俺はこのシステムの進化には目を見張った。


 ぎこちなく注文システムをいじっていると、葉那子は「こうするんだよ」と操作方法を教えてくれた。一昨日飲み会をしていた葉那子はさすがの手捌きだった。

 スマホの使い方を教えてもらっているおじいちゃんの気分だ。


 飲み放題を選択して、一通りの注文を入力する。葉那子は好き嫌いが多く、食べられるものが限られていたが、さいわい、俺はなんでも食べられるので、注文の品は葉那子の希望をメインにした。


「私、お酒飲み始めると止まらないんだよねー。ワインなんて飲んだらそりゃあ居酒屋で飲みたくなるよねー」


「本当に止まらないんだね……」


「口も悪くなっちゃうしさ。兄ふたりがいるから、影響受けてんのよ」


 そんなものなのか。

 俺の弟は俺の影響をほとんど受けなかったけれど。

 育った環境や家族同士の距離感の違いだろうか。

 うちの家庭は妙な隔たりがあるもんな。


「いいよいいよ、どんどん口を悪くしていこう。景気も悪いんだ、口を悪くしてもばちは当たらないさ」


「よっしゃー! たくさん言っちゃるからな」


 そんな会話をしているうちに酒が到着した。俺はハイボール、葉那子はレモンサワーだ。


「かんぱーい!」


 グラスを軽く当てて、乾杯をする。これが酒の醍醐味のひとつだ。こうした交流があるからひとりよりもふたりで飲んだほうが楽しいのだ。


 酒を飲むと会話も盛り上がる。居酒屋という、しかも個室ではなくカウンター席であるにもかかわらず、ふたりして話していたのはほとんど下ネタだった。

 小学生が発するような幼稚なものから大学生もドン引きなアダルティなネタまで、出会って数時間の男女は網羅したような気がした。

 今にして思えば、公然の場で何やっているんだって感じだ。

 お酒は怖い。飲んでも呑まれるな、だ。


 飲んでいる途中、俺はお花を摘みたくなった……、いや上品に言わなくてもいいか。

 トイレに行きたくなったのだ。


 一方、カウンター席に座っていた俺たちの隣に男性客が二名、座った。

 そのふたりは隣に他の客がいるにもかかわらず騒がしかった。既に他の店で酒を引っ掛けている様子だ。顔がすっかり出来上がっている。居酒屋だから騒がしいのはオッケーみたいな風潮があるけれど、一定のマナーを守っていなければただの迷惑者だ。


 事実、葉那子は困り顔を浮かべていた。平然としている風に見せているが、眉間をやや歪めている。


「席、変えようか」


 俺は小声で提案する。

 葉那子は小さく頷く。隣の客への配慮だろう。

 スマホの注文ボタンを操作し、店員を呼んで「別の席を用意していただいてもいいですか」と頼んだ。店員は「わかりました。確認しますのでお待ちください」と裏手に戻っていった。


「俺、ちょっとトイレ行ってくるから、先に移動しておいて」


「わかったよ」


 承諾を得て、俺は彼女のひとりの時間をなるべくなくすようにいそいそとトイレに駆け込んだ。

 居酒屋や飲み会に慣れているとはいえ、初めて行った飲み屋に取り残される孤独感、あの美貌だから誰かに声をかけられるのではないかという不安感が、俺の歩速を上げたのだ。

 幸い、トイレには誰もいなかった。即座に俺は催し、席へと戻る。


 葉那子と店員が何かを話している姿が見えた。

 しかも相手は男だ。

 仕事中なのにナンパか? 店長に訴えるぞ。


「お席はこちらでよろしいでしょうか?」


「大丈夫ですよ。むしろ対応してくださりありがとうございます」


 ……ナンパではなく、席移動か。

 また早合点をしてしまった。

 せっかちなところは直さなくてはな。

 それにしても――


「お待たせ」


「あっ、戻ってきた。移動しておいたよ」


「うん、ありがとう」


「どういたしまして。料理も届いているからね」


 見れば、テーブルには五種の鳥串セットやねぎまが届いていた。

 まだ注文しているからこれからたくさん届くだろう。


「葉那子ってさ、やっぱりすごいよね」


「ん? 何が?」


 鳥串を食べている最中だったので聞き返した葉那子の声が若干くぐもる。

 構わずに俺は続ける。


「店員さんへの対応さ。店員よりかしこまっていたじゃん。あんなに慮った態度って客側じゃあなかなか取れないからさ、すごいなって思ったんだ」


「えへへへー。ありがとう!」


 外見だけでなく、人格までもが素晴らしいと来ているのか。

 一層葉那子とお近づきになりたいと思った。


「よし、じゃあ改めて乾杯するかー」


「うんっ!」


 俺の呼びかけに笑顔で酒を持つ葉那子。

 そして、再びコップとコップをかち合わせた。

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人生初の一目惚れ!! @pomepomera

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