4-6 姉妹の旅
◆
外へ飛び出すと、ロケット弾がすぐそばに着弾し、遺跡を構成している岩が吹き飛ぶ。石と砂が吹きつけてくるのを顔を背けてやり過ごし、ヒバナを探す。
遮蔽を取りながらどこかへ銃撃している。すぐそばに彼女の仲間が数人いるが、それ以上に倒れて動かないものが目立つ。
私が視線を巡らす途中で、砂上走行車へ向かおうとしていた二人の男が機関銃の掃射を受けて倒れるのが見えた。敵の砂上走行車に機銃が据え付けられているのだ。
カクリとはすぐに意思疎通できたが、ヒバナにも知らせる必要がある。
とっさに指笛を吹いて、合図を送る。ヒバナがこちらを見て、ハンドサインを送ってくる。何の打ち合わせもしていないのに、そのサインが、援護する、というものだとわかる。何故だろう? いや、考えている暇はない。
即座にヒバナとその仲間が走り回る敵の車両に弾幕を張り、その間に私とカクリは遮蔽物を飛び出した。倒れている名前も知らない男に取り付き、鍵を探す。鍵は腰からぶら下がっていた。留め具を外し、砂上走行車へ走る。その時には敵もこちらの意図に気付いていたが、一足先にカクリが目当ての車両に取り付いている。
その車両にも機関銃が据え付けられていた。
激しい銃撃が敵の砂上走行車に集中し、かろうじて射角から逃れていく。私はその隙にカクリが機銃を振り回している砂上走行車の運転席に飛び込み、エンジンをかけていた。最初こそぐずったが、すぐに始動し、動き出す。
敵は砂上走行車六台ほどのようだ。全部で十台はいたようだが、三台は煙あげて動かなくなっていた。味方の砂上走行車は二台が見て取れる。どう考えても不利だ。
私はアクセルを踏みっぱなしにしながら片手で重すぎるハンドルを操り、空いている手で無線機を起動した。味方のやり取りがスピーカーから音割れしながら響き始め、少しは状況がわかってきた。
撤退するタイミングを計っているようだ。負傷者を優先して脱出させるために敵の攻勢を支えているらしい。いくつか悲鳴も混ざっていたが、大惨事の一歩手前というところだ。
時折、冷静でありながら力強いヒバナの声が聞こえてくる。その頼もしさは、いかにも現場指揮官のそれだ。
私とカクリが乗る砂上走行車は苦しげな排気音を響かせながら走り続け、機銃は休みなく銃弾を吐き出し続けた。弾薬は十分なようだが、この調子では機関銃自体はあっという間に使い物にならなくなるだろう。
しかし死ぬよりはいい。
ハンドルを右へ左へ切りながら、激しい銃火の下をくぐっていく。敵の銃弾でサイドミラーの片方が粉々に砕け散ったり、無人の助手席側のドアに大穴が開いてシートが抉れたりもしたが、とりあえず砂上走行車は動き続けた。
カクリも無事なようで、頭上からは銃声が聞こえ続けている。物凄い轟音のはずなのに、聴覚が麻痺したようで苦痛にも感じなかった。通信機からの怒声もそうだ。神経質で、耳障りな音の連続なのにまったく気にならない。
心のどころかが、これぞ戦場だ、と楽しそうに笑っている気がした。
どれくらいを戦ったのか、通信機から撤収の声が上がり始めた。砂上走行車は徒歩のものを拾うように指示が飛んでいる。敵の砂上走行車は二台を残して擱座しており、その残った二台もこちら側の砂上走行車に追われている形だった。
私は周囲を確認し、走って逃げようとしている兵士を探した。
視界に入ったのは、最後まで残って自動小銃で敵を牽制しているヒバナだった。
「ヒバナ! 乗って!」
無線機に怒鳴ると、さっとヒバナがこちらに手を振る。
アクセルをベタ踏みしてヒバナの方へ砂上走行車を寄せていく。カクリからの銃撃で敵の砂上走行車は距離をとった。その短い間に、ヒバナが立ち上がり、全力で走ると私の隣の助手席へ飛び込んできた。
ハンドルを切り、砂上走行車を旋回させて、そのまま遺跡を離れる方へ向かって走らせる。
ヒバナが大きく息を吐き、私は彼女を横目で見た。怪我はしていないようだ。
「ヒバナ、さっきの話だけど」
そう声をかけると、砂まみれ、埃まみれのヒバナがこちらを見た。
その瞳。
瞳に映るのは。
身構えたのはとっさのことで、もちろん、ヒバナもそうしていた。
横手の砂の丘を乗り越えてきた敵の砂上走行車が不意打ちでこちらの横っ腹に追突していた。
車体がすくい上げられるように持ち上がり、一瞬で横転した。そのまま砂丘を転げ落ちていく。
体がシェイクされ、三半規管がおかしくなり、こんな時でも目を閉じなかったので全てがぐるぐると回って、溶けて、一つになった。音は何も消えなかった。
何もかもが終わって、やっと私は自分が斜めになってシートベルトに引っかかっているのに気づいた。フロントガラスはどこかへすっ飛んでいて、目の前の光景は上に青い空、下に薄茶色の砂である。つまり砂上走行車はひっくり返ってはいなかった。
埃がすごい。咳き込んでから、シートベルトを外す。片手の手首が激しく痛む。捻挫だろう。折れていてもおかしくないが、捻挫ということにしておこう。
その段になって、火花が隣にいないのに気がついた。それにカクリはどうなった?
砂上走行車を降りると、肋骨が焼けるように痛む。豊満なくせに耐久性のない代替身体に舌打ちしながら、私は周囲を確認した。
少し離れたところで、カクリがゆっくりと起き上がろうとしている。体当たりをされた時にとっさに飛び降りたのだろう。
ヒバナもすぐに見つかった。こちらは倒れていて動かない。
しかもその胸に何か、板のようなものが突き刺さっていた。
「ヒバナ!」
駆け寄ろうとして、しかし片膝がうまく動かず、倒れこんでしまった。無理を承知で、なんとかヒバナの元まで這っていく。大した距離ではないはずが、ものすごく遠く感じる。私の体の動きも遅すぎるほどだ。
やっとヒバナの元に行くと、フロントガラスの一部が突き刺さった彼女の胸は真っ赤に染まり、口からは鮮血が溢れていた。
それでも意識はあった。
「ヒバナ……」
こんな時になんと言えばいいのだろう。
言葉を手繰りよせようとして失敗する私に、ヒバナは少し笑ったようだった。
それはなんというか、不出来な妹に向ける表情に見えた。
「ナギ……」
血の泡とともにヒバナが言葉を発する。私は耳を近づけた。
「原版を、解放、し、て……。誰も、苦しま、な、いよ……、う、に……」
ヒバナの言葉が尻すぼみに弱くなり、ついに消えた。
彼女の顔は土気色で、目は虚ろで、もう瞬きも呼吸もしていなかった。
最後に言うべきことは、もっと別にあったのではないか。まずそう思った。次に、最後に伝えるほど重要なことだったのではないか、と思った。
いずれにせよ、答え合わせはできない。
私はそっとヒバナの開いたままだった瞼を閉じさせた。
立ち上がろうとして、それができないのを思い出す。カクリの方を見ると彼も不自然な足取りをしているが、それでも近づいてくる。
任務は終わった。あとは逃げるだけだ。
砂上走行車の駆動音は遠ざかっていくようだ。
この戦場は役目を終えたということか。ここに残っているのは、死者だけというわけだ。
改めて私は、横たわっているヒバナを見た。
私とは似ても似つかない、私の姉妹。
意識の上での姉妹。偽りの姉妹。
ため息が漏れた。
小さなため息が激しく胸を軋ませるのは、何に由来するのだろう。
私はヒバナだったものに背を向けて、カクリの方へ向かって歩き出した。
ヒバナの旅は終わった。
私の旅は、まだ終わらない。
(続く)
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