4-4 砂漠の只中で
◆
古びた砂上走行車に揺られながら、私はゴーグル越しに丘陵の盛り上がりを眺めていた。
運転席では機械的にカクリがハンドルを操っている。失敗すると足回りを砂にとられて、砂上走行車といえどもはまり込む可能性があった。
それにしても、暑い。
真昼間の殺人的な太陽光が、すべてに満遍なく降り注いでいる。車内はエアコンが効かないので窓を全開にし、風が吹き抜けるに任せていた。本来は、フロント以外の全てのガラスがスモークに加工されているが、今は効果を発揮する立場にない。
何にせよ、汗を掻くほどに暑かった。着ているのは作業着のような服装で、袖も裾も捲っていた。服のそこここは汗が滲みて色が変わり、ついでに露出した肌は日焼け止めも落ちたようで、赤くなっている。
手元に置いているボトルから生ぬるい水を飲みながら、目を眇める。
この砂漠の先に遺跡があるという。そこに私と鏡写しの存在がいるとも聞かされている。顔写真は任務の前にかなり荒い画質ながら確認済みだ。本来の私の代替身体とはまるで違う人間だし、今の私とも当然、顔も体つきも違う。
あれが、私と深い部分を共有する人間、か。
別の事前情報では、アルマスタン共和国の一宗派の武装勢力の現場指揮官だともいう。
私が戦場を駆けずり回っているように、彼女も戦場に身を置いているのは偶然だろうか。
必然、などということがあるだろうか。
激しく車が揺れ、前に後ろに、右に左に揺さぶられる。車体の下で舞い上がった砂が煙のように舞う。
急な斜面を砂上走行車が駆け上がっていく。何度かスリップしたが、その度にカクリが巧みにハンドルを操作し、無理やりに車体は斜面を上がりきった。
視野が開けた時、それが見て取れた。
かなり離れているが、石の柱がいくつも並んでいるのが見て取れる。その向こうにもぼんやりと建造物が見えた。
砂漠の真ん中の遺跡。目的地だ。
砂上走行車は丘を駆け下り、ひたすら走っていく。
私は手元の武装を確認する。愛用のリボルバー式拳銃と、お馴染みの自動小銃。最新鋭の戦闘服が今回は用意されていないので、薄手の防弾ジャケットを頼ることになる。拳銃弾を止めるのが精一杯なので、気休め程度にしかならないのが不安しかない。
戦闘服自体はあったのだが、サイズが合わなくて使えない、なんてバカみたいな理由で使えないとは現代的ではない。もともと使用者に適合させたオートクチュールと言える戦闘服だが、汎用性を犠牲にしすぎだ。
リボルバー式拳銃には弾薬が全部入っている。自動小銃も確認して、安全装置をかけておく。
「レイン、あれを見ろ」
カクリが不意に斜め前を指差した。私はそちらを見て、ゴーグルを操作して光学的に拡大する。多機能ゴーグルはこういう時にありがたい。
砂煙が上がっているが、最初は何か、よく見えなかった。
しばらく観察するとわかってきた。私たちが乗っているような砂上走行車が数台、隊列を組んでどこかへ走っていくのだ。幸い、私たちに気づいているようではないし、入れ違いになりそうだ。
「何かの作戦かな」
「かもしれないが、詳細は不明だ。意外に目立つものだな。こちらも気をつけよう」
気をつける、などと言いながら、カクリは車の速度は緩めなかった。意識しておこう、程度の意味だったのかもしれない。
事前の計画では適当なところで砂上走行車を降り、徒歩で遺跡へ侵入することになっていた。座標は詳細に検討されていて、今も運転席に備え付けの端末には地図が表示されている。その地図で光点が点滅しているところが、最初の目的地だ。そこから徒歩でほんの一時間で遺跡にたどり着く。
秘密裏の接触に過ぎないので、敵に発見されるのは好ましくない。私たちの身分はとりあえずは観光客になっている。武装しているのが言い訳を難しくさせるが、武器を捨てて接触できる相手ではない。
立場、目的、装備、行動の間にある複雑で激しい矛盾。
場合によっては銃器は邪魔になり、ある場合では銃器は正気の証明になる、とでも言うべきか。
もっとシンプルな状況に身を置きたいものだ。
離れていく砂埃をしばらく見送り、まったく見えなくなってから視線を前に戻した。砂丘の間に見えたり隠れたりする遺跡の方には人の気配はない。かなり近づいてきているが、動きはないようだ。
地図を確認すると車を置いて行く場所はすぐそこになっている。カクリは工夫したようで、砂の丘の間を右へ左へ沿うように進んでいる。これなら立ち上る砂埃を少しはごまかせそうだ。
ゆっくりと車を停車させ、「行くぞ」とカクリが席を立つ。私も車を降り、拳銃を腰の後ろに装備し、肩からは自動小銃をバンドで下げた。防弾ベストで押し潰されて苦しいのに、それでも大きすぎる胸が邪魔だな。しかしどうしようもない。
カクリと二人で協力してシートで車両を覆った。ささやかな欺瞞だが、何もしないよりはマシだ。
シートを掛け終わると、普段よりは軽装のカクリが先に立って歩き出す。彼もゴーグルで目元を覆っているし、口元にも襟巻きを引き上げた。私も同じにして、砂を防ぐ。襟巻きは暑苦しいが、これがないと服の中に砂が入りそうだ。
砂丘を回り込んで、遺跡の方へ向かう私たちは一言も言葉を交わさず、ただ足を前へ前へと運んでいく。風が吹くと足元を砂が流れていく。地吹雪のように砂が舞い上がり、一斉に打ち寄せてもくる。
それでも歩調を緩めることなく、私たちは先へ進んだ。
最初に気づいたのはカクリだった。
不意に足を止めるとカクリが身振りでついてくるように示し、斜面を駆け下りていく。
何が起こったのかは、そのうちにわかった。すぐ背後で砂上走行車のエンジン音がいくつも響いている。どこから現れたのか、という疑問はすぐに解けた。
私たちが目撃した、遠くを離れて行っていた砂上走行車の群れ、あれだ。
姿を晒しながら、視界から消えたところで向きを変えてこちらの後方へ回りこんだということらしい。
最悪なことに、私たちは退路を失いつつある。
カクリはすでに走るようなペースで先へ進んでいる。私もそれについていこうとするが、あっという間に息が上がる。くそ、愛玩用の代替身体の非力さが恨めしい。あっという間に全身に不自然な痛みが走り始める。それでも止まる余裕はない。
どれくらいを進んだが、不意に銃声が響いたかと思うと、聞き慣れない言語で罵声がやりとりされ始めた。少ししてからアルマスタン共和国の公用語だとわかるが、訛りが激しいために聞き取りづらい。
銃声は散発的に続き、しかし私にもカクリにも向けられていないようだった。
私たちを捕捉していないのか? それなのに射撃した? 仲間と同士討ちを始めるなんてことはありえないはずだが……。
そんなことを考えていると、唐突に先を行くカクリがいきなり足を止め、自動小銃を構えた。
彼の向こうにあった光景に、私は絶句していた。
四人ほどの男たちがそこにいて、全員が武装している。ちょうど砂丘に這うようにしていて姿を隠しているのが、飛び出そうとしたところでカクリが鉢合わせしたようだ。
しかし、彼らは誰だ?
沈黙というより、困惑からくる静寂。
動きはいきなりだった。
カクリが銃を構え直して引き金を引いた時、男のうちの二人が血を吹いて倒れた。
残った二人はこちらに自動小銃を向け、やはり引き金を引いている。私も銃を構えが、やたらと重い。舌打ちしながら慎重に狙いを定めて引き金を引く。手の中で銃が暴れ、まともに当たらない。
しかし相手を怯ませる効果はあったようだ。生き残った二人はどこかへ駆け去って行った。
「動くな!」
現状がわからないまま、とりあえず後退していた私たちに声がかけられた時、周囲には八人ほどの男が立ち上がり、私たちを取り囲んでいた。切り抜けられるかと思ったが、無理そうだ。相手に油断はないし、無理やりに脱出するのも不可能か。
「何者だ」アルマスタン共和国の公用語が激しく崩されて、聞き取りづらい。「どうやってここまで来た」
走ってきたわけないでしょう、と言ってやりたかったが、そういう答えは望んじゃいないか。
どうやって自分たちの立場を説明できるか考えているうちに、近づいてくる人影があるのに気づいた。
細身で、男たちと比べると華奢だ。
女性。
「その二人は客人だ」
その女性だけは、綺麗なアルマスタン共和国公用語を口にした。
私は、その女性の顔を知っていた。
荒い画質の写真とは比べ物にならないほど、生気に溢れ、眩しい気配を発散している。
私と同じ根底から成り立つ人物。
私が目細めると、相手も目を細めたようだった。
(続く)
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