3-7 策略

      ◆


 倭国の国防省、兵器管理課先進兵器分析局第二分室、その室長のスペースは以前と変わらず、その住人も変わらなかった。

 我らがボスである鷹咲十次郎中佐は、しかし幾分、難しい顔で私を出迎えた。

「取り調べが終わって、さあ、酒盛りだ、と行かない理由はわかっているな?」

「もちろんです」

 まだ違和感の残る自分の声に顔をしかめつつ、私は応じる。

「国防大臣とその取り巻きが粗探しをしている、ということですね?」

「国防大臣閣下と先生方、と表現したまえ、エージェントくん」

 鷹咲中佐の冗談に答えるものはいないし、帰ってきた沈黙も予想内だったはずだ。

「ともかくだ、レイン。しばらくおとなしくしていてくれよ。一ヶ月に及ぶ取り調べも、些細なことでおじゃんになるだろうからな。失敗すると私の首も飛んでしまう」

 必死に守った首ですか、とは言わないでおいた。

 倭国からパラダ王国へ流出した技術については、国際的なバッシングを受けた。受けたが、先進国は本気で追及しなかった。彼らも実用化を目指している技術であり、下手なことを口走ると先々の自分たちの行動を制約するからだ。

 それでも倭国内部では国民からも責任を追及する声が上がり、あっという間に大問題になった。大小のメディアがありとあらゆるところに首を突っ込み、それこそ草の根分けてスキャンダルを探し回り、政治家、官僚、技術者、学者、資本家とやり玉に挙げられるものは枚挙にいとまがないほどに発展した。

 内閣は総辞職し、さらに政治家の幾人かは自ら身を引き、一部は徹底的な批判を受けて議員辞職となり実質的に政治家生命を絶たれた。

 鷹咲中佐がその大津波に飲み込まれなかった理由が、私にはよくわからなかった。私という存在が嗅ぎつけられていれば、間違いなく即死だったはずだ。そうならなかったのは、情報をうまくコントロールしたのと、私が倭国にいなかったせいだろう。

 パラダ王国へ私を送り込んだ理由の一つがそこにあったのかもしれないと思うのは、勘ぐりすぎだろうか。少なくとも、追及するものも対象がどこにいるかわからないのではやりようがない。あの異国の奇妙な集落で一ヶ月以上を無為に過ごしたのも、鷹咲中佐を守るという意味では価値があったのかもしれなかった。

 どちらにせよ、私は今、一時的に身分を失い、生きているとも死んでいるとも言えない立ち場だった。取り調べは受けたが、それは兵器管理課の内部で完結したようだった。まったく鷹咲中佐の政治力には頭が下がる。

 そんな中佐でも、これ以上の揉め事は勘弁だ、というのが現状になる。

「あまり表を出歩くなよ。国防大臣の目もそうだが、メディアの目が怖い」

「問題が忘れ去られるまで、外出禁止ということですか?」

「そうしたいところだが、現実的ではない。トイレに行くことと風呂に行くことは許す。食事は自炊だ。食材は通販で頼めばいい。いや、運送業者にも気をつけろ。偽名を使え。他にも手を打っておけ。あらゆる手を」

 大げさな冗談だが、失笑する程度の効果はあった。

「普段通りでいい、ということですね」

「お嬢さん、その肝の太さを少しだけ分けて欲しいところだよ」

 中佐こそ心臓に毛が生えているような人物だが、今回ばかりは参っているようだ。

 二週間ほどは休暇だ、と告げて鷹咲中佐は私を解放し、一人きりでブースを出た。休暇と言っても、自由に旅行になどはいけない。先ほどのやりとりではないが、下手に動くと組織に影響が出る。部屋に閉じこもりたくもないが、それが最善だろう。

 国防省の建物を出て、別棟の駐車場へ向かう。

 愛車のツーシーターのスポーツカーを生体認証でロックを解除、乗り込んで音声入力で機関部を始動した。シフトレバーを操作し、車をスペースから出す。

 ハンドルを操りながら、どのセーフハウスで過ごすか考えていたが、それはいきなり起こった。

 何かが運転席側のドアのガラスにぶつかり、一瞬でまっ白く色が変わる。

 銃撃だ。防弾ガラスが弾丸を受け止めたが、次は防げない。

 アクセルを踏み込み、その場から離脱しようとするが、どこからか弾丸が執拗に狙ってくる。防弾仕様車でなければ悲惨だっただろう。その点で不審なのは、私が防弾仕様に車を改造することを相手は想定していないことになる。

 国防省の秘密のエージェントを始末するのに、そんな手ぬかりがあるだろうか。

 それよりも手持ちの武器を先に考える。助手席前のダッシュボードにリボルバー式の拳銃があるが、容易には手を伸ばせない。車を止めなくては。しかしその時間はない。

 またガラスに着弾。今度はフロントガラス。一気に視野が悪くなり、体を傾けて前方を確認する。

 横からの衝撃。

 理解した時には、私のスポーツカーは横転し、私は上下逆さまになってシートベールトにぶら下がっていた。

 なんだ? 横から何かにぶつかられたのか。

 非常事態を告げる電子音が鳴っているが、構っている暇はない。非常事態は自明で、電子音に教えてもらう道理はない。

 シートベルトを外し、本来の天井側に肩から落ち、素早くダッシュボードから拳銃を引っ張り出す。ドアを蹴り開けて、這うような姿勢で外へ出る。

 まだ国防省本部に付属の立体駐車場の中だ。一階部分で、かなり広いが視野は悪い。明かりとりを兼ねて壁のほとんどがブチ抜かれているので光量は十分でも、意外に停められている車両が多かった。

 幹部クラスは地下駐車場を使うが、当たり前だ。こんな見晴らしのいいところでは、攻撃してくださいと言っているようなものだった。

 狙撃手がおそらくいるはずだが、銃撃がこない。私が車から這い出したことに気づいていないのか。私のスポーツカーをひっくり返したのは黒塗りのセダンで、少し離れたところで停車している。フロント部分が盛大に壊れている。こちらも運転手の姿が見えない。

 無人? 自動運転でぶつけてきたのか? 何のために?

 私は銃を握る手から少しだけ力を抜いて、改めて握り直した。

 油断はできないが、全てがおかしい。スポーツカー、そしてセダンから電子音が小さくない音で鳴り続けている。警備員がすぐにやってくるだろう。襲撃者はもう逃げたのか? それにしては私はこうしてほとんど怪我らしい怪我もせずにピンピンしている。片手落ちどころか、ちょっとした警告程度で手を引く理由とは何だ?

 そこまで考えた時に、武装した警備員が四人一組でこちらへ走ってきた。

 ホッとしたのも束の間、彼らの持つ拳銃が私に向けられたのには、さすがの私も呆気にとられた。

「武器を置いて両手を上げて膝をつくんだ!」

 すごく前に似たようなことを大声で喚かれた経験がある気がしたが、考える気にはなれなかった。警備員たちは血相を変えていたし、曲がりになりにも国防省の警備を担当するものが銃撃を外す距離ではない。十発撃てば十発が私の頭部を粉砕する間合いしかなかった。

 拳銃を彼らの方へ滑らせて、言われた通りにバンザイをして、跪いた。

 警備員が私に手錠をかけたところで、やっと状況が飲み込めてきた。中佐と話したばかりの国防大臣がもう動いてきたらしい。私を揉め事に巻き込み、こうして正式に拘束することができたのだ。あとは自由に取り調べてもいい。拷問にかけてもいいだろう。

 正体不明の襲撃者も、私を殺す必要などなかったのだ。私を拘束する大義名分が欲しいだけで、もし私が拳銃を手にしていなければ違った展開もあっただろうが、現実は相手の想定通りになった。

 戦場にばかりいるような私が拳銃を抜かないことなどありえない。

 その点はまったく、私も迂闊だった。

 ついさっき出てきたばかりの国防省の本部ビルに連行されながら、今後について検討しようとしたが、わかっていることといえば鷹咲中佐が激怒するだろうことくらいだ。

 しかも私がさっさと解放されるためには、怒り狂っているに違いない中佐の助けが必要だった。

 まったく、迂闊じゃないか。

 まったく……。



(続く)

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