3-3 捩れ

       ◆


 あっという間に夜になった。

 時間の流れが早く感じるが、それ以上に人工的な灯りがほとんどないため、夜を早く感じたのだろう。

 すでに車両は乗り捨てて、正規軍の兵士は現代的な兵器もないままに、闇の中を進んでいる。車両が通行不可能な場所を進んでいるが、例えばヘッドライトで存在を察知されるのを避けたわけでもなく、それ以前に道が途切れて車両は捨てざるをえなかったのだった。

 予想していたというより把握していたようで、正規軍の兵士はまったく自然に木立の中に分け入って行ったので、私とカクリもそれに続いた。

 そうしてまったく人の手の入っていない一面の草むらの中を、可能な限り粛々と進みながら夜を迎えたことになる。

 高い木が密集しているので月明かりさえ地上には届かない。暗視装置が是非とも欲しいはずだが、正規軍は誰もそんなものは装備していない。私とカクリだけが目元をゴーグルで覆って夜の闇を見通すことができた。

 そうしてみると、正規軍の男たちが先進国の軍隊とはまるで違う技能の持ち主だと見えてくる。夜目がきいているとも思えないか、動きにぎこちなさはない。仲間との意思疎通にも声をかけるのではなく、身振りでやり取りしていた。通信機を使わないのは設備が充実していないからか、非正規軍に傍受されるのを避けるためだろうと推測できる。

 ともかく、ほとんど休憩もなしに進み続け、夜更けになって目的地に到達した。

 木立の中に忽然と建物が現れ、背丈こそ低いが金属製のフェンスで囲まれている。フェンスは物理的な防御にはなりそうもないが、こういう装置の常で高電圧で通電していると見るべきだ。凶悪な電気柵である。

 建物自体はほとんど窓がないが、古びた家庭用エアコンの室外機が並んでいるのが見て取れた。この森の奥地に不釣り合いな装備で、どこから電力を調達しているのか疑問に感じた。しかし飾りでもない証拠として室外機は音を発している。稼働中だ。

 正規軍の兵士たちがいくつかに分かれ、突入の配置についていく。

 事前の打ち合わせでは、私は例の将校の隊につくことになっている。ここまでやってきた全員が目標の施設の制圧に参加するので、見物していることにはならないだろう。

 ここからが私とカクリの仕事の始まりになる。

 施設内部の状況を確認し、目当ての装置があれば破壊すること。この装置は正規軍にも詳細を把握されてはならない。それと、非正規軍の技術者がいるのなら、それを確保するか、処理する。他にも資料の類、情報を管理する端末があれば破棄、破壊しなくてはならない。

 とても二人きりでできることではない。しかしやらなくてはいけない。

 将校の小隊が電気柵に近づく。将校が離れ方向を見ており、私もそちらを見たが、チカチカと小さな光が瞬いた。それを見て将校が掲げていた腕を振り下ろした。

 光の合図は、電気柵を無効化したことを示していたらしい。正規軍の兵士がフェンスに取り付き、細い針金を切断して突入する経路を手早く作る。

 穴ができたかと思えば、もう数人が突っ込んでいる。

 私とカクリもそれに続いた。

 敵の反応は鈍かったが、一度、反撃が始まると苛烈だった。

 私たちが襲撃している建物は平屋で、出入り口は一つきりだった。そこには機関銃が二門、据え付けられ、でたらめに銃撃を始めている。正面からの突入は困難だった。正規軍の反撃も意味をなさないようだ。

 私とカクリは、それとなく側面へ回っていくが、そちらから正面に釘付けにされている正規軍を横撃する部隊が飛び出してきて、鉢合わせる形になった。

 銃弾が飛び交い、非正規軍の兵士たちが意味不明なことを喚きながら倒れていく。

 強烈な衝撃が胸を撃ち抜き、私は背中から地面に転がった。息が苦しいが、それだけだ。跳ね起きて、片膝の姿勢で自動小銃を構え直す。

 カクリと二人きりで支えるのは無理だと思ったが、そこへ援軍が来た。

 ホッとすることもできないのは、横合いからやってきた正規軍の別の小隊が、また別の敵の小隊を引き連れていたことだ。

 驚くほどの数の非正規軍の兵士が、湧いて出るが如く、どこからから現れている状況だった。

 味方は全部で十人にも満たないが、敵は二十人はいるだろう。倍の数に攻撃されて生きていられるのは、夜の闇が味方しているからにすぎないようだ。状況を正確に把握することになれば、敵はこちらを的確に包囲し、殲滅できる。

 結局、博打のための博打をしなくてはいけない、ということだ。

 私は自分だけのハイテクな装備で、カクリに合図を送った。小さな電子音の連なりだが、かなり複雑な通信ができる。送り方は簡単で襟元につけている小型マイクに息を吹くのだ。それが電子音に自動翻訳される。

 私の合図にすぐに返事が来た。

 私は銃撃で敵を牽制しながら、建物の壁に近づき、思い切って爆薬を壁に吹き付けた。スブレータイプで、腰にぶら下げていたものの一つである。

 あまりにも無防備なので、冷静でいるのが難しい。敵が私に気づけば銃撃を集中するだろうし、私は今、それに背中を向けている。戦闘服の防弾性能を加味しても、危険この上ないし、恐怖が凄まじい。

 それでも訓練通りに爆薬を塗りつけ終わり、無線信管を差し込む。

 素早くマイクに息を吹いてカクリに合図を送り、私も壁から距離をとる。地面に伏せ、手元の無線スイッチを押し込んだ。

 閃光で暗視装置が一瞬、機能停止するがすぐに復帰。

 爆音はささやかなものだったが、周囲に煙が立ち込めている。跳ね起きた私は円形に爆薬をぬつけた壁の一部を蹴り倒し、建物の中に乱入していた。背後で激しい罵声が飛び交うが、気にしている余地はない。

 建物の中は薄暗かったが、明かりがついている。それよりも外気とは比べ物にならないほど涼しいのが戦闘服越しでもわかった。

 それもそのはずだ。

 建物の真ん中に二つの円筒が置かれている。中身は空のようだが、何度も見たことのある装置だった。

 脳情報移植型代替身体の培養槽である。もちろん脳情報転写装置も付属している。

 非正規軍は情報を得ただけではなく、自前で装置を完成させようとしていたらしい。人の気配を探すが、誰の気配もない。避難したのか。それとも別の理由か。

 無人の理由より、装置の破壊を優先するべきと判断し、また爆薬を用意した。腰のポーチいっぱいの粘土状の高性能爆薬を、倭国を出発する前にうんざりするほどレクチャーを受けて叩き込まれた装置の重要部品へ貼り付けていく。

 国防省では、装置が完成された場合さえも想定していた。どんな場面も想定するのが準備というものだが、もしそれがなければ、私は巨大な装置を効率的に壊す手段が分からず、途方にくれたかもしれない。

 手早く爆薬をセットし、全てに無線信管は差し込んである。

 空間を見渡し、部屋の隅に装置とは別の大型端末があるのに気付き、手元の自動小銃でマガジン一つ分の銃弾を叩き込んでおく。これでおそらく、再生不能なダメージを与えらえたはず、ということにしておこう。

 耳元でイヤホンから電子音がする。カクリから、建物の壁で敵兵の攻勢から出入り口を支えているが長くは保ちそうもない、という内容だった。

 すぐに出ると返事をして、私は壁にぽっかりと空いている穴に足早に向かう。

 なるほど、こちらに背を向けてカクリが敵を食い止めていた。味方の正規軍の兵士もいるが、倒れているものも見て取れた。

 私は穴まで戻り、何も知らないという態度でこっそり手の中のスイッチを押した。

 無線信管が機能し、高性能爆薬が炸裂する。

 これは壁をぶち破るのとは桁違いの爆発になった。建物の屋根が持ち上がり、壁とのつなぎ目が破れて爆風が漏れたほどだ。壁の一部は裂けていた。

 爆風は壁の穴からも吹き出し、その穴をめぐって攻防戦を繰り広げていた兵士たちもなぎ倒された。

 めいめいに起き上がった兵士たちが再び銃撃戦を展開しようとするが、どうかで笛の音が鳴ったような気がした。気のせいじゃない、繰り返し鳴っている。

 それが合図だったのだろう。非正規軍の兵士たちが猛然と射撃を始めたが、前進ではなく後退を始めている。弾幕が激しく、正規軍はその場から動けずに非正規軍の全体が水が引くように消えていくのを見るしかできなかった。

 どうやら戦闘は一時的にとしても沈静化したようだ。

 私とカクリの他に六名が無事で、負傷者は敵のそれも残されているのですぐに把握できなかった。ただ、すぐに正規軍の兵士が駆けつけてきて、治療を始めた。

 私とカクリは例の将校を探して歩き出した。カクリは着ている戦闘服がズタズタになっている。二人だけになったところで、やっと彼が口を開いた。

「目的のものはどうだった?」

「破壊できたと思う。できていなければ、ここで正規軍に接収されるでしょうから、交渉しないといけない」

 カクリが確かに頷いた。

 目当ての将校はすぐにみつかった。負傷したようで、腕に包帯を巻かれているところだった。見る間にその包帯に血の染みが広がっていく。

 彼はこちらに笑みを浮かべた。

 この時、違和感を覚えた私の心理は、理屈ではなかった。

 何かよからぬことが起こる、という直感。

 足を止めようとしたが、それより先にいくつもの銃口が私たちに向けられていた。

 正規軍の兵士の銃口である。

「お前たちを拘束する。武器を捨てろ」

 将校はパラダ王国公用語で、周りにも聞こえる声量でそう言った。

 理由を問える雰囲気ではない。兵士たちは殺気立ってもいないが、冷酷な眼差しを私たちに向けていた。

 まるでこちらの任務が露見しているようじゃないか。

 舌打ちの一つもしたかったが、先にやるべきことがある。

 私は自動小銃を地面に投げた。それは将校と私のちょうど真ん中くらいに落ちた。カクリも自動小銃を捨てる。

「拳銃もだ。刃物も捨てろ」

 抜け目のない指摘に、今度こそ舌打ちが漏れそうだった。

 最大限の自制心を発揮して、私は腰の後ろの拳銃を抜いて、やはり地面に放った。最後にナイフを一本、地面に捨てた。これで丸腰だ。

 こんな事態になっている腹立たしさと屈辱感が、この後の私の身に降りかかった恥辱を無視させてくれることになった。

 私とカクリを拘束した兵士たちは、念が入ったことに私から戦闘服を脱がさせた。

 インナーだけで手足を拘束された私たちは兵士たちにどこともしれない場所へ引き立てられていくことになった。両足首を結ぶ紐が邪魔をしてうまく歩けず、何度もつまづいて転びそうになったし、場合によっては転んだが、兵士たちは無言で、そして乱暴に私を引っ張り上げ、さらに歩かせた。

 何がどうなっているのか、冷静に考えられるようになったのは手足の不自然な痛みが思考を支配してからだ。状況を理解することで気を逸らせば、苦痛も無視できる。

 正規軍はどうやら手のひらを返し、私とカクリを裏切ることにしたようだ。しかしその理由とは何か。自国で倭国のエージェントに好きにさせたくない、ということだろうか。それとも私たちを拘束し、人質として倭国に何かしらの要求を突きつけるのか。

 何もわからないが、とにかく状況は悪化の一途を辿っている。これでは生きて戻れるか、わからなかった。

 それどころか、倭国が私とカクリという非公式の存在を切り捨てる可能性さえ現実味を帯びていた。

 この樹林の中で無事に逃走できる確率がどれくらいあるか、考えてみた。極めて低い確率になる。だがどれだけ考えても、それ以外の選択肢はなさそうだった。

 このままでは正規軍に本格的に拘束され、しかるべき尋問、あるいは拷問の末、連中の自由にされてしまう。殺される可能性もかなり高い。

 それなら隙を見て、果てしないとしか思えない森の中へ逃げ込む方が、生存確率が高いと言えた。

 カクリの様子を見たいが、彼は私の背後を歩いているので、視認できない。

 あとはもう、タイミングだった。

 ささやかなきっかけが欲しい。

 それさえあれば、覚悟は決まるような気がした。



(続く)

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