3-2 紛争地帯へようこそ
◆
パラダ王国の空軍飛行場へ降りていく小型機から見えた光景は、実に私をうんざりさせた。
滑走路は滑走路として視認できたが、付随する建物は木々の中に埋もれるようになっている。管制塔でさえ、樹林の中から突き出ているように錯覚された。
小型機は特にトラブルもなく着陸し、私とカクリは最低限の荷物で地上へ降りた。そこに軍用車両が一台、走ってくるのは自然と私に緊張感を覚えさせる。
こうして現地に来るまでに何度も打ち合わせをし、シミュレーションも重ねたものだが、実際になるが起こるかはわかるわけもなく、そしてたった今、何が起こるかがはっきりする長い一幕が始まったというわけだ。
軍用車両はどこかのメーカーのまともな車両だった。屋根はなく、車高は高い。すぐに運転手と二人の男が乗っているだけだとわかった。さりげなく私は腰の後ろにあるリボルバー式拳銃を意識した。六発きりの拳銃弾でどうこうなるものでもないが、武器が手元にあるという一事だけも冷静に離れる。かろうじて、だが。
車は目の前で止まり、運転手は残り、二人の男性が降りてくる。野戦服を着ている。しかもかなり汚れていた。たった今、戦場から帰りました、という体だ。
一人が先に立ち、もう一人は後ろへ控える。階級は手前の男、いかつい気むずかしげな顔の相手が将校だ。
彼は私の前で敬礼し、私も敬礼を返す。カクリもだ。
「お待ちしていました。名乗らないことの無礼をお許しください」
将校ははっきりとしたエイグリス公用語でそう言った。文法、発音、ともに完璧だ。私は少し頬を緩めて見せ、パラダ王国の公用語で答えた。
「こちらこそ、申し訳ありません。いずれ、しかるべき立場の者が貴国の寛大な処置に報いることでしょう」
私の非の打ち所のないパラダ王国公用語に将校はちょっと面食らったようだが、彼もやはり頬を緩めた。
「語学が達者なのですね、驚きました」
「昔、学ぶ機会が多々あったの。申し訳ありませんが、現場に同行させていただけますか」
「ええ、わかりました。ご案内します」
カクリと一緒に荷物を運び、軍用車両に乗せる。一言も発しなかった将校の背後の一人が、無言でに手伝ってくれた。実に無口な男だ。
車は私たちを乗せて走り出した。その車内で、将校が話し始める。
「我々の部隊が、非正規軍の根城の一つを攻撃しています。抵抗は激しいですが、落とせないことはありません。数日のうちには、カタがつくでしょう」
「我々が現場に混ざっても構わないのですね?」
「危険を承知の上でなら、ということです。倭国の方には申し訳ないが、この国は紛争地帯なんです。そしてこれから行く場所は、安全地帯ではない」
まったく、笑わせるじゃないか。その混じりっけなしの危険地帯に行くのが目的なのだ。
「装備は整えてあります、お気遣いなく」
「事故が起こるかもしれないと不安なのですが、どうしても現場に出るとおっしゃる?」
「それが与えられた任務です」
わかりました、と将校も引き下がった。あまりにも馬鹿げていて、裏があると想像したのかもしれない。この任務に表も裏もない。この任務をカードに例えるなら、表は真っ黒に塗りつぶされ、裏も真っ黒に塗りつぶされているようなものだ。
ジョーカーですらない。
誰にも何のカードか、わからないのである。
現場の途上国の兵士や将校にも分からなければ、私やカクリにしても自分たちや自分たちが直面する事態が、どれくらいの切り札になるか、想像がつかない。
唯一、絶対に必要なことは生き残ること、それのみだ。
車が形ばかりの飛行場を離れ、木立の中の未舗装の道らしい場所を走っていくが、人気はなかった。木造の小屋のようなものが何軒か見えたが、無人のようだ。というのも、残っている小屋をはるかに超える数の焼け落ちた小屋らしいものが点々とあり、残っている小屋でも銃痕が無数に見えた。
最悪なのは、道路の脇に焼死体が積み重ねられているのを見たときだ。何故、葬ってやらないのかと考えている私に将校が忸怩たる思いが滲むような声で言った。
「あの遺体は非正規軍に協力したとされた民間人のものです。正規軍派の民間人による制裁です」
「民間人が民間人を殺す?」
「非正規軍は民間人に混ざっています。疑心暗鬼になり、民間人同士の衝突さえも起こっているのが現状です」
それを止める警察はいないのか。警察が機能しないのなら、正規軍がその仕事を代行するべきだ。
そうは思ったが、何も知らない他国の人間に口を挟む権利はない、か。
そのうちに道は山間になり、激しい起伏に車両が揺さぶられるようになってきた。未舗装など理由にならないほどで、車体が跳ねるたびに放り出されそうで、適当なものに捕まる必要があった。カクリも将校も、その部下も、落ち着いている。私だけが慌てていて、やや腹が立つ気もした。
斜面を登りきったところで、車両は停車した。
そこに木立の中に隠れるように木造の建築物が組み上げられ、車両も数台が見て取れた。行き交っている男たちは服装が統一されていないので、少し無理をして解釈すれば、職業訓練学校に見えた。
もちろん、そんなわけもない。ここがどうやら正規軍の拠点の一つなのだろう。
数人の男が駆け寄ってきて、将校が報告を受け、素早く指示を出した。私がパラダ王国の言語に通じていないと思われたようで、報告の内容は筒抜けだった。どうやらこれから部隊をまとめ、非正規軍の根城を攻めるらしい。
将校がこちらを振り返り、エイグリス合衆国公用語で説明し直した。私は頷いて、自分の荷物を地面に下ろした。
更衣室でも借りようと思ったが、そんなものはないだろう。荷物の中から取り出した簡易版の軟性素材の戦闘服を身につけていく。私がインナーだけになった時には男たちが口笛を吹いたりしたが、無視した。こっちは命懸けである。裸の一つや二つなど構っていられない。
装備を整え、自動小銃とその予備マガジンをたっぷり用意し、腰には爆薬をさりげなく装備しておく。非正規軍のゲリラと戦うのに不必要な爆薬だったが、誰も咎めなかった。
用意ができたところを見計らって、将校が頷いて「行きましょう」と言った。
武装した男たちが幾つかの車に分乗して待機しており、総数は五十名ほどになりそうだ。多いとは言えないが、百戦錬磨の兵士としての技量に期待しよう。
「そっちはオーケー?」
カクリに確認すると、すでに武装を終えていたカクリが重々しく「オーケーだ」と答えた。
これで地獄めぐりの準備は整ったわけだ。
引き返すという選択肢はない。
車に乗り込むと、すぐにエンジンがかかり、複数台の車の排気音が重なり合って響く様子は、古の森の中に住む神が吠えているようだった。
車列が動き出す。
判然としない未来に明確な形を与えるために。
(続く)
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