1-6 強襲
◆
好都合なことに、死者の軍団と呼ばれる男たちはこちらに気づいていなかった。
もちろん、自分たちが殲滅しつつあるゲリラ兵の援軍を警戒して、戦闘に参加せずに周囲を見張っているものが何名かいるようだ。それにしても私たちの居場所は遠すぎたし、どうやら彼らはさほど高性能な観測装置を持っていないらしい。
仮に彼らが無人偵察機やドローンと連携していて連絡を取り合っていれば、すでに私たちは発見されていただろう。そうなってはいない以上、彼らは自らの五感で警戒しているだけ、ということだ。
どうしてそんなことをしているのか、極めて疑問だ。非合理的で、理解できないと言ってもいい。
ありそうなラインでは、死者の軍団は、支援を受けられない立場なのかもしれない。極端な秘密部隊であるが故に、支援する部隊にも作戦を伝えていないのか。それなら少しは筋が通るが、今度は死者の軍団が他の部隊と連携なしで活動するのは、死者の軍団の作戦を困難なものにするだろう。情報は自前で収集し、もしもの時に支援してくれる即応部隊もいないなど、正気の沙汰ではない。
どこかで誰かが見張っている、ということにしておこう。それはもしもの時、私たちが危うくなるからだ。下手に近づいて自滅するのは避けたい。
「カクリ、何か見えている?」
隣に伏せている相棒に声をかけると、「よく見える」と返事があった。彼はまだドローンと繋がっている。
「全部で三十名のようだ。負傷者が出ている。動けないものが二人確認できる。しかし治療を施しているようではない」
「治療を施していない?」
私のところからだと見えない。というよりそもそも遠すぎて、カメラの望遠機能でも像が小さすぎる。
「治療を施さないで、どうしているわけ?」
「袋に収めている。遺体袋のようなものだ」
なるほど、それはそれは。
「戦場に死体は置き去りにしない、ってわけか。遺族のため、っていう雰囲気でもないな」
本当に遺族のためを思うなら、延命させるはずだ。そうでないとしても、たった今も銃撃戦が行われている場所で死体をさっさと回収しようとする意図はなんだろう。
「死体をさっさと回収したいわけだ。気になるね」
私の言葉に、そうだな、とカクリは淡々と答える。
ずっと黙っていたキャサが不意に身を翻して、自動車の方へ引き返していった。私も斜面を下りつつ、念のために確認しておく。
「どうするつもり? 一人きりで仲間を助けに行くの?」
「仲間なんだ、見捨てておけない」
すでにキャサは自動車にたどり着き、運転席に乗り込もうとしている。閉まりかけた扉を掴み止める。ものすごい視線のキャサが、唾を飛ばしで叫んだ。
「邪魔するな! 私は一人でも仲間を助けに行く。たとえ死ぬとしてもだ!」
「わかってるよ」
私のすぐ後ろにカクリがついてきていて、それが曇ったガラスに影として映っていた。
キャサは苛立ちを隠そうともせずにまくし立てる。
「だったら行かせてくれ。みんなが、死んでしまう」
「私たちも行こう」
いっそ素っ気ないほどにそう告げる私に、キャサは胡乱げな顔になったが、舌打ちすると「なら乗ってくれ」と唸るような声で言う。言われなくても、という態度で私とカクリは乗用車にそれぞれ乗り込む。
「それで大将、何か妙案があるの?」
エンジンがなかなかかかろうとしない車の運転席に問いかけてやると、「正面から行くしかない」という返事だった。やれやれ、それは妙案とは言えないだろう。私には何もアイディアがないので、指摘しないでおくけれど。
いずれにせよ、乗用車に乗り込む前からうんざりしながら携帯し続けていた自動小銃と大量の予備マガジンの出番らしい。昼間の酷暑を前に、今まで捨てなかった自分を褒めてやりたい。
やっとエンジンが始動し、次の瞬間には弾かれたように動き出している。斜面をひどい振動とともに駆け上がり、あっという間に乗り越えた。
私はといえば自動小銃の状態をチェックして、セレクターを単発にしておく。予備があるとはいえ、弾薬は無限じゃない。後部座席ではカクリも同じことをしているようだ。
行くぞともなんとも言わず、乗用車は戦場へ突っ込んでいく。
敵に気づかれる前に先制攻撃するのは絶対だ。
窓を開けて上体を乗り出すと、銃を構える。スコープも何もない上に、車は不規則に揺れまくっているので、本来的には狙いなんてつけられない。
本来的には、だ。
経験と訓練で不規則を塗りつぶす。
まず一発。銃声が刹那だけエンジンの絶叫に打ち勝つ。
飛んでいった弾丸は、狙った兵士をだいぶ逸れて兵員輸送車らしい車の装甲に当たり、火花が起こった。
このくらいのズレか。
「運転手、まっすぐに走りなよ!」
怒鳴りつつ、二度目の発砲。少し目標に近づいたが、まだ当たらない。車は直進しているようで本当の直線ではない。運転技術というよりは路面状況がそうさせるのだろうが、ここに至って敵もこちらに気づき、とんでもない量の弾丸を送り込んでくる。私の至近でバックミラーがすっ飛んで消えた。
一〇〇回やったら一〇〇回死にそうだ。
やっとこちらの一発が相手の胸を直撃し、ひとりがもんどり打って倒れた。
なんとか感覚が掴めてきた。連続して引き金を引き、三発に一発は当たるが、とてもじゃないが相手を釘付けにするような射撃じゃない。
一方で後部座席からは私と同じように身を乗り出したカクリがこちらは三点射で、かなり正確な射撃をしている。さすがに機械式義体であるだけのことはある。
しかし相手ものんびりしているわけもなく、こちらに半分以上が向き合っている。すでに私たちが乗る乗用車はフロントガラスがなくなりつつあり、ボンネットにも無数の弾痕が穿たれている。銃撃でエンジンそのものは容易に壊れないとしても、安心していられる損傷ではない。タイヤが無事なのは奇跡だった。
あっという間に間合いが消え、乗用車は戦場のど真ん中に突っ込んで、数人の兵士をはねた。その勢いのまま、政府軍の兵員輸送車に正面からぶつかった。
そうなると予想していたけれど、受け身が取れる状態でもない。
強烈な衝撃と共に何かが脇腹にめり込み、内臓が飛び出るかと思った。体は宙に放り出され、地面に落ちた感覚がないのに気づくと地面に転がっていた。咳き込むと口の中に血の味が広がる。視界が明滅するが、生きているらしい。
手はそんな状態でも自動小銃を掴んでいた。
敵の兵士がこちらに銃を向けているのがかろうじて見えた。
本能的に自動小銃を向け、引き金を絞る。一発。相手が血飛沫とともに倒れる。次の一発が出ない。引き金を引く。出ない。
弾切れだと理解しても、マガジンの交換の余地はない。
敵はすぐそこ。銃口もこちらに向いている。あとは引き金を引けば、私は次の瞬間には死んでいる。
横手からの銃撃がなければ死んだはずだ。
誰が私を助けたかを見ている余裕などない。自動小銃を脇において、腰の後ろにあるリボルバー拳銃を抜いて、近づきていた敵を牽制する。六発なのであっという間に弾が切れたが、敵は足を止めた。
自動小銃を取り直し、マガジンを交換しようとしたが、腕が骨折しているらしく焼けるように痛む。
無視してマガジンを交換。痛みの割に、動きは最小限で済んだ。牽制射撃をしながら、すぐそばでフロントがめちゃくちゃに壊れている乗用車の陰へ移動する。歩くだけでも全身が痛み、特に内臓がおかしい。
なんとか自動車の陰に倒れ込むと、「無事か」とカクリの冷静な声が降ってきた。彼はまったく平然として、自動小銃の引き金をリズムよく引いている。
「無事かも何も」私の声は不自然に濁っていた。「死んだとしか思えない」
「話せるならまだ生きているということだ。マガジンを寄越せ。残りが少ない」
私は着ていたベストごとカクリに渡す。彼は一瞥もせずに受け取ると、また射撃に戻った。こちらが実質的に一人にもかかわらず、死者の軍団の皆さんは頭を押さえられているようだ。
「キャサは?」
なんとか問いかけると、死んではいない、と返事があった。
「運転席で伸びている。たぶん、大丈夫だろう」
「私も眠っていたいよ」
もっとも、体のそこここがデタラメに痛むので、最高級ホテルのスイートルームのベッドでも眠れそうもなかった。
脂汗にまみれながら呻いている私に淡々とカクリが言葉を向けてくる。
「ゲリラ兵の生き残りが反撃を始めたようだ。なんとかなるかもしれない」
「それはありがたい。敵を殲滅できそうもないのは最悪だけど」
「いいや、奴らは撤退するようだ」
その言葉に、精神力と根性を総動員して私は車の陰から様子を見た。確かに敵は別の兵員輸送車に後退を始めている。一台を私たち、というかキャサの勇敢にして無謀な突撃がお釈迦にしているので、もう一台でお帰りになるようだ。
「深追いする必要はないよ。適当にやっておいて」
「わかっている」
いきなりカクリが乗用車の後部座席に手を突っ込むと、手榴弾を手に取っている。
私は反射的に両耳を塞いで、口を開けておく。意外に長い時間が過ぎてから、比較的近い位置で爆音が連続した。煙が濃密に漂ってくるが、それを機に敵が撤退してくれると助かるところだ。間合いを詰められると今度こそ私たちは破滅する。
結局、私の悲観は現実にならなかった。
銃声が散発的になり、誰かが何か喚いているのが聞こえてきたのと間をおかず、一台の兵員輸送車が離脱していった。それだけだ。政府軍の意図は不明だが、ゲリラ兵の集団を強襲した部隊は歩兵だけだったらしい。
カクリが周囲に目を配っている沈黙の中で、私は自分の体を確認した。左腕の肘に不自然な痛みがある。動かなくはないが、安静にするべきだ。一番の問題は左の脇腹の痛みで肋骨もやられているようだが、内臓が損傷したかもしれない。最悪だ。
「戦闘は終わったようだ」
やっとカクリが銃を下げた。声が近づいてきて、ゲリラ兵のようだ。
私のそばに屈み込んだカクリが「ひどい顔色だぞ」と声をかけてくるが、ありがたくはない。カクリの方が異常なのであって、本来的な人間には許容できないあれこれが起こったことを、こいつは理解しているのだろうか。
全てを脇に置いておいて、やるべきことをしないといけない。
「兵員輸送車に死体袋が残っているかもしれない。検めましょう」
歯を食いしばって立ち上がると、カクリが肩を貸してくれた。やれやれ、優しさに涙が出るが、それよりも痛み止めが欲しい。
兵員輸送車のハッチは、キャサの特攻のせいで歪んで、すでに開いていた。
覗き込むと、死体袋は四つほど、変に律儀に置かれていた。
さて、まだお仕事の時間だ。
(続く)
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