1-5 咎の所在

       ◆


 どこまでも続く土と砂の世界。

 風が渦巻き、巻き上げられた砂が体を打つ。

 私とカクリ、そしてキャサは合流地点への移動の最中だった。なんでも車両が隠してある場所があり、キャサはそこへ私たちを案内しているということだ。

 政府軍の装備にはドローンはもとより、無人偵察機もあるという。下手な車両では即座に見つかるが、かといってこうして何もない荒野のど真ん中を人間が三人、フラフラしているのも不自然だっただろう。

「政府軍の偵察機には不思議な規則性があるんです」

 キャサはそんなことを言った。

「どういうわけか、偵察がおろそかになる領域があるのですが、それを利用すれば私たちは無事に本隊に合流できるはずです」

「おろそかになるって、罠じゃないの?」

 私の質問に、かもしれませんね、とキャサはちょっとだけ力なく笑った。

「罠でも利用できるものは利用しないと、戦えません」

 私に否やはないし代案もないので、キャサの案内に任せた。偵察機は超高空を飛ぶので肉眼では見えないが、ドローンくらいは注意すれば確認できる。警戒は怠らなかったつもりだが、ドローンは見当たらない。

「それで、話って何ですか?」

 しばらく進むと自然と会話も落ち着き、キャサの方から問いかけてきた。彼の方でも気になっていたのだろう。そうでなければ孤立無援での逃避行という事実から意識を逸らしたかったかだ。

 私としても相手から興味を持ってくれるのは都合がいい。

「私たちは無人兵器について調べているのだけど、政府軍はだいぶ無人兵器を導入しているみたいですね」

「ええ、アルクス連邦あたりの軍事支援です。技師も派遣されているそうです」

「正統解放戦線は使用していない?」

「私たちは」

 キャサが何か言おうとして、言い淀んだ。それはまるで穢れたものから身を引くような、そんな躊躇い方だった。

「私たちは使用していない。使用しているのは政府軍だ」

「政府軍が無人兵器を使っているという話は今、したばかりだけど……、無人戦車のことを言っている、という感じじゃないですね」

 踏み込んでみる私を、先頭を進んでいたキャサが足を止めて振り返る。

 年齢は三十になろうかというところだが、顔には疲労の色が濃く、この荒野での戦いの厳しさを物語るように深いシワが刻まれていた。

 その顔に感情がなかった。まるで神の前に引き出され、現世での罪状を聞かされているような様子だ。もはやどこへも引き返せず、何も挽回もできず、現実を受け入れ、ただそこにいるしかない人間の顔。

「レインさん、あなたは何を知っているのですか?」

 キャサの声はひび割れていた。オーケー、ここで一つ、驚かせてやろう。

「この国の戦場に、「死者の軍団」と呼ばれる部隊がいますね?」

 これには想定外の反応があった。

 一瞬にして恐怖に染まった顔でキャサが一歩、二歩と距離をとったのだ。まるで私が銃でも突きつけているかのような反応だった。

「ちょっとちょっと、キャサさん、そんなに驚くことではないでしょう」

「あ、あ、あの……、あの悪魔たちを、知っているのか」

「悪魔? いいえ、私はただ人間の兵士と聞いています。そうですよね?」

 違う、と確かに言葉にして、キャサは首を左右にゆっくりと振った。

「あの部隊は人間のそれではない」

「えっと」どういう意味だろう。「人間の姿をしていないのですか?」

 我ながら間抜けは質問だが、キャサはそれで少し落ち着きを取り戻したようだ。

「人間にしか見えない。しかし人間の出来ないことをする」

 ピンとくるものはあったが、言わないでおいた

 人間にはできないことをする人間。いかにも私が興味を持つにふさわしい対象だ。

「それだけわかれば、問題ありません。さあ、先を急ぎましょう。さあ、さあ」

 促すとキャサが前に向き直り、歩き始めた。

「レインさん」

 歩きながらキャサの声がその背中からする。

「あなたは私たちを助けてくれるのではないのですか?」

「私とカクリでは戦力にはなりませんが、報道の力は人間二人の戦力をはるかに超えるものです。大船に乗った気持ちでいてください。まぁ、私たちでは頼りないかもしれませんが」

 返事はなかった。諦めたのかもしれない。何もかもを。

 太陽が真上に来る頃には全身が汗でびしょ濡れになり、携帯していた水筒の中身も心もとなくなった。カクリの水を分けてもらうこともできるが、ちょっと卑しい気がして、最後の手段だ。

 やや急な坂道を上っていく。日差しが斜めに突き刺さってくる中を、息も絶え絶えに歩を進める。汗と砂で全身がべとつき、ざらついている。全身の疲労感も拭いがたかった。まさかこのままキャサは私たちを遭難させるつもりなのか、などと疑い始めた時、そのキャサが足を止めた。

「あそこです」

 彼が言いながら、斜面の向こう側を指差す。どこから運ばれていてきたのか、巨大な岩が四つほどごちゃっと固まってそこにあった。

 軽やかな足取りでキャサが斜面を降りていき、岩の隙間に消える。なるほど、空から見えないところに隠してあるわけだ。

 私とカクリもそれに続き、斜面を駆け下りて岩の陰を覗いてみる。ちょうどキャサがボロボロの防水シートを剥がした下から乗用車が現れたところだ。かなり古い。ちゃんと走るのかな……。

 私の心配を知る由もなくキャサは運転席に乗り込み、エンジンをかけている。エンジンはだいぶグズって、無理ではないかと私が諦めかけた時に不自然な最後の喘鳴のような音を立てて、しかし、かかった。キャサのほっとした顔と言ったら。

「二人とも、乗ってください。日が暮れる前に拠点の一つに戻れるはずです」

「それはありがたい」

 助手席に私、後部座席にカクリが乗り込んだが、後部座席には旧式の地雷らしいものが積まれているし、こちらは見間違えようもない手榴弾も転がっていた。カクリとしては生きた心地がしないだろう。

 車は砂を蹴立てながら岩の陰を出て、道無き道、文字通りの道無き道を進み始めた。

「キャサさん、これは相談なんだけど」

 激しく上下に揺れる車内で苦労して言葉にする。

「政府軍が無人兵器で虐殺的な戦闘をしている、という報道をすれば、それでいいと思う?」

「それもそうですが」

 キャサはアクセルとブレーキ、そして驚きべきことにクラッチとシフトレバーを忙しなく面倒見ながら答えた。

「この戦争が、人の手を汚さない戦争であることを報道してください」

「今時、無人兵器が存在しない戦場はないですよ。虐殺は主題になっても、無人兵器は主題にならない」

「私はこの戦場で不思議な気分になるんです。誰が戦っているのか、誰と戦っているのか、わからなくなる」

 キャサの声は冷静だ。

「無人兵器を破壊したいのか、それとも無人兵器を使っている奴らを殺したいのか。無人兵器を破壊しても、装備はどこからか補給される。なら兵器を使っている人間を殺すしかない。自分の家族や友人を殺した銃弾や砲弾は、無人兵器が行った攻撃です。では、無人兵器を憎めがいいのか、それともそれを運用している人間を憎めばいいのか、よくわからないのです。よくわからないまま、憎しみ、恨みは積み重なっていく。このままではいけないと思います。この戦いは、普通じゃない」

 長い長いキャサの演説を黙って最後まで聞いて、私はただ「貴重な意見を、ありがとう」だけ答えた。キャサも会釈したようだった。

 彼が言いたいことはわかる。

 はるか昔、戦闘という行為は人間が自らの手で死を与える感触を実感する行為だった。しかしいつからか、何も感じずに命を奪う時代になった。引き金を引くだけで相手が倒れるように。そして一つの爆弾を落とすだけで無数の人間を消し飛ばすことも可能になった。そこにはもう、死を与える感触など存在しない。

 無人兵器もそうだ。とりわけ、遠隔操作式ではない、自律行動式の無人兵器は、もはや人間が指示を出すだけでどこまでも死を撒き散らす。

 戦争の自動化、と言ってしまえばそれまでだが、自動化された戦争の責任の所在はどこまでも曖昧だ。

 人間は誰も引き金を引かず、機械はただの機械に過ぎない。

 もっとも責任の所在など、憎悪や怨恨の放出に過ぎないとも言える。誰かを罰さなければいられない人間の性質。だからきっと、機械同士が戦う戦争でも、誰かが様々な形で罰せられるのだろう。

 車が岩か何かを踏みつけたようで、激しく揺れて、車底で異音が鳴ったことで私は思考から現実へ戻った。

 車があまりに急な斜面を迂回していくところだ。

 ふとそれが目に入ったのは、偶然だった。

 うっすらとした靄、いや、煙が立ち上っている。斜面の向こうだ。

「キャサさん、車を止めて」

「え? なんです?」

「車を止めて」

 キャサがゆっくりと車を停車させた時、私は即座に車から出て、斜面を駆け上がっていた。

 頂点で身を投げ出すように倒れ込み、カメラを向ける。最大望遠。

 荒野の真ん中で、戦闘が繰り広げられていた。私が見た煙は車両が炎上している煙だったが、すでに火の勢いはないに等しい。それくらいの長時間の戦闘で、今はそれが終わろうとしているようだ。

 すぐ横にカクリが来て、双眼鏡を覗き込む。キャサも来たようだが、彼はまっすぐに立ち尽くしている。

 戦っているのは人間の兵士だった。まさに軍隊らしく、統率の取れた動きをしている。

 どこの所属かは知らないが、兵士の群れに追い立てられるゲリラ兵たちはすでにおおよそが制圧されている。最後まで遮蔽物を使って反撃しているゲリラ兵もいるにはいたが、それに襲いかかる兵士たちは怖いもの知らずといってもいい大胆さで踏み込み、ゲリラ兵を効率的に倒していた。

 奴らだ。

 頭の上からそんな声がした。

 キャサの声だ。

「死者の軍団だ。奴らが、来たんだ」

 死者の軍団……。 

 私はカメラの望遠で見える兵士たちを観察した。

 そうか、あれが……。



(続く)

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