1-4 襲撃

       ◆


 正統解放戦線の連中は、意外に数が多かった。

 もちろん、私は全部を把握しているわけではない。とりあえずは一つの作戦のために、一〇〇人ほどがわらわらと出てきたあたり、全体ではその数倍はいると見るべきだ。

 一人残らず武装しており、自動小銃と十分な弾薬、手榴弾まで配布されている。中には対戦車ロケット弾を装備しているものもいるし、古びた対物ライフルを背負っているものも見えた。

 全員が歩兵なわけもなく、機銃を取り付けたトラックが四台、同行している。機銃にもたっぷりと弾薬が用意されていた。

 一番巨大な兵器は、四連装の地対地ミサイルの発射装置である。こればっかりは適当な足を当てがえるわけもなく、正規の車両で移動する。

 私はそんな全てをそれとなくカメラを向けて写真に収めつつ、ラカがつけてくれたキャサという男から細かく説明を受けた。キャサは広報担当のようなものと自称していたが、もちろん武装しているし銃器の扱いにも精通しているようだ。

 こうなると彼は私のお守りであり、同時に監視役とも言える。

 もっとも、キャサは私の元へ来た時、古びた防弾ジャケットと自動小銃を手渡してくれた。ジャケットにはすでにマガジンが専用のポケットに詰め込まれていて、スーパーヒーロー的な兵士なら五、六人を相手取っても切り抜けられるくらいの弾薬になる。

 自動小銃の方は正規軍が使用しているものに似ているが、型は古いし、どう見てもニコイチどころかサンコイチ、もしくはそれ以上にいくつもの銃から使える部品を寄せ集めて作ったような有様だった。

 まともに撃てるか正直、不安に思ったが試射するわけにもいかない。この銃もカメラで写真に収めておく。

 カクリにも同じ装備が渡されて、彼も手元の銃を不審そうに眺めていた。

 こんな具合で、正統解放戦線の隊は夜中に集結し、夜明け前にゆっくりと荒野を進んでいった。

「夜襲をかけるには時間がないですね」

 砂を嫌って私たち全員が覆面のように布で口元を覆っているので、声はくぐもったが、すぐそばにいるキャサには通じたようだ。彼の返事も聞き取りづらかったが、理解はできた。

「多勢に無勢ですからね。少しでも有利な時間帯を選ぶしかない」

「相手もそれくらいは承知の上でしょうね」

「仕方ありません」

 このゲリラ兵たちの移動は実に巧妙だった。私には政府軍の野営地などわからないが、少なくともまっすぐに荒野を横切っていくなどということはしない。地形の天然の起伏を利用し、蛇行するように進んでいく。どの程度に有効かは不明だが、政府軍の警戒を掻い潜ろうという努力は見て取れる。もっとも、移動式のミサイル砲台は容易には隠せないだろうが。

「レインさん」キャサの方から声をかけてくる。「あなたの方のドローンはどうなっていますか」

 私は後ろを付いてくるカクリを振り返る。

「どうなっている?」

 カクリが無表情のままわずかに顔を上げ、遠くを見るようなそぶりをした。冷静な声が返ってくる。

「前方五キロに特別な障害は見当たらない。望遠だが、十二キロほど先に野営地らしいものが見えるが、偵察するか?」

 まるで見ているようなカクリの言葉に、キャサが微かに息を漏らした。

「旧型とはいえ、機械式義体は便利ですね。ドローンとの直接接続ができるとは」

 カクリはわずかに微笑むだけなので、私が混ぜっ返しておく。

「そんなに便利じゃないですよ。一緒に食事もできないし、高温には弱いし、低温にも弱い。ついでにメンテナンスが必要だ」

 キャサが困ったように笑ってから、「今の情報を指揮官に伝えてきます」と離れていった。

 二人だけになったのを確認し、そばにいるゲリラ兵が聞いていないのを理解してからカクリが声をかけてくる。最低限の声量だ。

「ドローンを提供して良かったのか? 予備はないぞ」

 カクリが直接制御しているドローンは私たちの持ち物だった。検問を抜けるのにバラしたり折り畳んだり偽装したり、苦労した装備だ。

「ドローンを使えることを示せば向こうも無下にはしないし、何より私たちの生存率が上がる」

「それなら正規軍への夜襲に参加しないのが最も安全だ」

「それってジョーク? 私たちはこの何もない国に物見遊山に来たわけじゃない。仕事できているんだよ。今やっと仕事が始まるところだし、文句は言わないように」

 カクリはそれきり黙ってしまった。体は機械でも脳と神経系は生身なんだ、私の言葉を機械的に捉えたふりをするのはポーズだろう。

 キャサが戻ってきたが、取り立てて私に伝えることはないようだった。

 夜が明けようかという時、全体に停止命令が出た。少し前に例のミサイル発射装置は本隊を離れている。戦場が近いのは理解していたが、ついに現場にたどり着いたようだ。

 指揮官からの号令で、歩兵たちが配置につく。私とカクリ、キャサはそんな彼らを残して側面へ回り込むようにして移動した。私たちの目的は戦闘に参加することではなく、戦場での事実を報道すること、というわけだ。

 だいぶ離れたところで、都合よく見つけた巨大な岩の陰に回り込んで、おそらく戦場になるであろう辺りを俯瞰する。

 政府軍だろう野営の陣地が見えるが、シルエットとして見えるくらいだ。セオリー通りに明かりが漏れるようにヘマはしていない。それなら、おそらく接近するものを感知する即席の警報装置も設置しているだろう。

「これは無謀ってものじゃないの?」

 まだそばにいるキャサにそう声をかけると、彼は「これが普通です」とやや緊張した声で答えた。私があまりに緊張しなさすぎるのかもしれない。カクリはといえば、じっとしていて動かない。ドローンの制御とそこからの情報を閲覧しているんだろう。

 私はカメラの望遠機能で政府軍の陣地を調べ、暗視機能も使って確認したが、わかったことといえば全ての車両に偽装のためのシートがかけられていることと、数人の歩哨が歩き回っていることくらいだ。

 始まった、と誰かがつぶやき、カクリの声だとわかった時には、遠くから轟音の残響が聞こえてきた。

 そちらを見た時、強い光が宙を走り、大きくなったかと思うと落ちてくる。

 地対地ミサイル。

 それは政府軍の野営地のすぐそばに着弾した。至近距離にいれば爆音に鼓膜をやられるだろう。爆風で砂礫が吹き寄せてきて、私は岩の陰に身を隠した。キャサとカクリは地面に伏せている。

 ミサイル攻撃はきっちり四発で、一気呵成にゲリラ兵たちが激しく炎が上がっている一帯へ自動小銃を手に突っ込んでいく。

 私は土煙に咳き込みながら、その様子にカメラを向けていた。

 政府軍の野営地からも兵士が出てきて反撃を開始している。燃えているのは戦車だろうか。それとも自走砲か。夜の闇は何かが燃えている火炎の発する光に駆逐されようとしているが、光と闇の攻防は現状の把握を困難にしている。よく見えない。カメラの暗視機能も効果薄だった。

 ただし、私の現状把握の努力云々よりも先に、すぐに答えは出た。

 先ほどよりは小さいが、明確な砲声が鳴り響き、ゲリラ兵たちのど真ん中で爆煙が上がる。

 攻撃した存在は、ゆっくりと光と闇の舞踏場を横切って姿を見せた。

 無人戦車だ。煤まみれになっているが、ほとんど無傷に見える。動きにも停滞はなかった。照準、発砲、また照準、発砲と淀みがない。ゲリラ兵が砲撃によって粉砕され、跳ね飛ばされていく。

 その頃には政府軍の兵士も気を取り直したようで、激しい銃弾の雨でゲリラ兵を押し返し始めていた。

「どうやら失敗ね」

 思わず私はそう口にしたが、返事をする者がいない。

 振り返ってみると真っ先に双眼鏡で戦場を見ているカクリが目に入るが、キャサはどこへ行った?

 視線を彷徨わせると、少し離れたところで、彼はどこかと通信機でやり取りしていた。遠すぎて声は聞こえない。ただ、私が見ていると気づいていないのか、キャサは何事か怒鳴りつけているようだった。

 放っておいていいものか……。

 そんなことを思っているうちに、キャサは大きな声で何かを確認し、おそらく同じ言葉をもう一度口にして、通信機を口元から外した。そうしてやっと私の視線に気づき、その表情が見て取れた。

 なんと言えばいいだろう。絶望、というよりは、失望、か。

「レインさん、逃げましょう。ここはもう終わりです」

「どういう意味? 確かに戦闘は負けのようだけど?」

「これは作られた戦場です。政府軍が無人兵器でゲリラを虐殺する、という演出です」

 どう答えればいいか、咄嗟にわからなかった。

 政府軍の無人兵器による虐殺。事実、私にもそう見えていた。

 それ以前に、そんなシチュエーションがあるという前提で私とカクリはここへ来ている。

 キャサに打ち明けることはできないが、少なくとも彼には善意のようなものがある。彼の先ほどの表情にあったのは、演出された戦いのために実際に犠牲になるゲリラ兵への感情だったのか。

「とりあえず」

 ずっと黙っていたカクリがこちらに声をかけてくる。

「ここを離れたほうがいい。ゲリラ兵は撤退を始めた。政府軍は追撃するだろう。逃げるなら急ごう。それともレイン、何か他にできることがあるか?」

 私は肩を竦めておいて、キャサの肩を叩いた。

「逃げるとしましょうか。それにちょっと話を聞きたいし」

「話?」

 キャサがわずかに眼を細める。その瞳に私の顔が映り込んでいるのが、すでに姿を見せはじめた太陽の光で見て取れたが、判然とはしない。私はどんな表情をしていただろう。

 悪魔のような顔だったかもしれない。

 私の口調は、悪魔の誘惑そのもののように優しく、自然だった。

「そう、簡単なお話ですよ」

 簡単な話ほど、簡単ではないとキャサも悟っただろうが、彼はただ頷いた。

 あるいはそれは、この場に渦巻く死者たちの声なき怨嗟がそうさせたのかもしれない。



(続く)

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