1-3 仕事

       ◆


 私とカクリが拠点にしている部屋へやってきた正統解放戦線のスカウトマンは、どこにでもいそうな初老の男だった。

 民族衣装で現れた彼はいかにも好々爺として見え、真っ白い長い髭が口元を覆っている。手など骨と皮のようにしか見えず、これが反政府勢力の一員とは思えない。

 名前は、ラカ、と名乗った。

 ラカは私に、どうして自分たちに関心を持つのか、静かな口調で問いかけてくる。その誠実で穏やかな様子を前にしては、相手を圧倒しようとか、言いくるめようとか、そういう気分にはなれないものだ。

 私は最初からの予定通り、正直に伝えた。

「無人兵器の実戦使用の実態を知りたい。政府軍に紛れ込めるような立場じゃないから、あなたたちの側から観察するしかない」

「無人兵器について報道する、ということですかな?」

「そうなりますね。ただ、我ながらあまり見込みは無さそうですが」

 私の冗談が通じなかったのか、ラカは急に黙り、口元にやった手で髭を撫で始めた。

 何か失敗しただろうか。思わず背後に控えるカクリに視線を向けるが、彼も困惑した様子でただ眼差しを返してくる。

 しばらく待つと、ラカは軽く顎を引いたようだった。

「あまり多くをお伝えできないでしょうが、戦場へ連れて行くことは可能です。ただし、生命の保証はありません」

 先ほどまでの沈黙はいかにも不気味だったが、どうやらうまく進みそうだ。

「ありがとうございます」

 短く答えながら、私はほどほどの笑顔を向けてみた。ラカも笑っている。沈黙の意味は読み取れなかった。

 それからいくつかの打ち合わせがあり、ラカは一人で去って行った。私とカクリはそれから二人だけで今後について検討し、問題らしい問題はないと確認した。やらなくてはいけないことにやっと手が届きかけている、という段階で、ラカの手引きは渡りに船だ。これが無理筋だとなると、また一から出直しになる。できればここで次のステップへ進みたい。

 数日をかけて支度をして、ラカが再びやってきたときには、彼は連れを二人、伴っていた。

 服装こそ地味だが、一人は明らかに武闘派だ。姿勢を変えるときに、脇の下に拳銃を下げているのはわかったが、体の動かし方はどこか格闘家のそれを感じさせる。もう一人はどうやらただの運転手らしかったが体格はいい。表情がおっとりしているので威圧感はないが、その体格で殺気が充溢すれば迫力は並ではないと思えた。

 ウォーリーが使っていたワゴン車とは違い、ルカたちが乗ってきたのはボロボロのトラックだった。座席は運転席と助手席しかない。運転席には例の巨漢、助手席にはラカが乗ったので、私とカクリ、武闘派くんが荷台に乗った。これから荒野の只中を走るとなると投げ出されそうで不安だが、荷台には何かの木箱が固定されているのでそれにしがみつけばいいか。仮に木箱の固定が解けると、逆に木箱に押し潰されるかもしれないが。

 検問を抜けた車はあっという間にラジャの街を出て、目印もないような荒野を走り始める。道路に見えるところは比較的平坦で岩や石が少ないというだけに過ぎない。陰影の関係で帯に見えるが、道と言えるかどうかは怪しい。

 走っているうちにカクリがそれとなく同乗者に質問を向け、ボソボソとやりとりしているのを私は聞いていた。男の名前はラシドだとわかった。ルルスアン自由国の出身ではない義勇兵だという。つまり、正統解放戦線の標榜する宗派のために戦っているわけだ。

 どうやらそういう立場のものは多いらしい。ラシドが言うには、神のために戦う正義の戦士、という、ある種の勇者ということだ。

 私は黙っていたが、勇者など笑わせる。兵士は兵士だし、神のために戦おうが、金のために戦おうが、やっていることは変わらない。味方を助け、敵を倒しているだけだ。

「あんたはどうしてこの国に来た?」

 ラシドがカクリに問いかけると、カクリは表情をピクリとも動かさずに「仕事だ」と答えた。それがラシドには違和感だったようで、表情に変化が見えた。訝しむような、嫌悪するような顔色だった。

「報道が仕事か。恵まれた奴の娯楽を作るのが、そんなに面白いか」

「娯楽とは何かを定義するのは難しい。それぞれの立場や思想、感性によって違うから」

「俺たちが政府軍の機関銃弾に薙ぎ払われるのを喜ぶ奴もいるだろうな」

「いるかもしれないが、その感性は下劣で低俗だ。俺はそう思う」

 ちょっとの間、ラシドは黙っていたが、一度、はっきりと頷いた。言葉は結局、何もなかったが彼は何かに納得したのだろう。

 やがて夜になるが、トラックは走り続けた。昼間は激しかった風も弱くなり、気温も下がって心地よい温度だ。何より、星空が美しい。人工の明かりがないために遠くの稜線との対比で夜空が本当の漆黒ではなく、わずかに明るいことさえもが見て取れた。

 誰も一言を口を聞かないまま、トラックは先へ進む。

 どれくらいを走ったのか、不意に速度が遅くなり、トラックは停車する。一面の荒野で、何もないような場所だ。しかし助手席からラカが降りて、荷台からはラシドも降りている。ラシドが荷台に積まれていた二つの木箱を地面に下ろすのをカクリが手伝っていた。ラシドはカクリの体力に驚いたようだが、やはり何も言わなかった。

 荷台を空にしたトラックは、そのままどこかへ走り去った。

 入れ替わるように、どこからともなく数人の男たちが現れたのはやや驚く展開だ。まるで夜の闇から滲み出てきたようだが、そんなことができる人間はいない。

「こっちだ」

 ラカが私とカクリを手招きする。

 どこへ行くのかと思うと、荒野の真ん中に巨大な亀裂が走っていた。どうしてそんなものがあるのか、想像もつかない。かなり深い亀裂で奥が見通せないが、かすかな明かりが所々にある。人工的な明かり。どうやらたった今も運んできた木箱を持ち上げようとしている男たちは、この亀裂に身を潜めていたらしい。

 どうやって降りていくのかという不安はすぐに解消された。亀裂の岩肌に杭が打たれ、板が渡されて階段が作られている。木製でも十分な強度がありそうだ。私たちはラカを先頭に降りていく。

 やがて地上からの明かりは完全に消え、乏しい明かりしかなくなった。それでも降りていく。

 今度は足元から光が見えてきて、それが強くなる。

 階段を下りきったときには、そこには様々な武器と機材が置かれた、立派なアジトが広がっていた。どこか遠くから聞こえる低い音は、発電機のそれらしかった。

 私たちを出迎えた男たちは自動小銃を手にしていて、こちらを睨むようにしている。

「気にするな」ラシドがカクリに囁いている。「新入りにはいつもこんな感じだ」

 カクリが頷いているが、どうやらラシドは私のことをカクリの付属品と思っているようだ。ラカは違うだろうが、この国では女に許される権利は極めて制限されていて、それが逆説的に女は弱いものだという先入観を生んでいる。それはあるいは、私には都合がいいかもしれない。

 目元以外を覆う衣装できた方が良かったかもな。

 ラカがラシドに運んできた木箱について何か伝え、彼が離れていくとラカは私たちを奥へ案内していった。大勢の男がいて、女も何人か見て取れた。誰もが目をギラつかせていて、抜き身の刃物を連想させる。

 私とカクリはこの拠点の指揮官という若い男に引き合わされ、私は自分の目的を「無人兵器に関する調査」と表現した。男は簡単に頷いてから、しっかりと念を押してきた。

「政府軍の横暴と残虐さを、是非、世界に訴えてください」

 実に丁寧は応対だったが、虫がいいようにも取れる言葉である。

 私はその点には触れず、努力します、とだけ答えておいた。

 戦いにおいて、一方が絶対の正義で、一方が絶対の悪という事態は成立しない。どちらもが道理に反することをし、どちらもがそれを批判し合う。正義や悪は、誰かが作ったイメージに過ぎないのだ。それは自動小銃という物体そのものには正義も悪もないことを理解すれば、自ずと分かる。

 ともかくこれで、戦場の様子を観察できる。

 気をつけることは一つだけ。

 死なないことだ。



(続く)

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