第4話(完)
ユウオが杖をかまえて詠唱をしている。魔物でも現れたのかと思えば、そんな様子もない。レナの先ほどの叫びはユウオに向けられたものだ。そしてユウオの杖は、部屋の中央の台座、何かを展示している台に向けられている。
「見つけた」
俺たちへの返事、という感じでもなく、ユウオは呟いた。
「危険だ、すぐに壊してしまわなくては」
「何を」
バァン、と派手な音がして、展示台が粉々になった。頑丈そうな石製に見えたのに。
「危険? 壊すだって? 何でまたそんな」
「下がって、ジャレット!」
レナが俺を制そうとする。
「ユウオはあなたが思うような『力の使い方を知らない未熟な魔法使い』なんかじゃないの。魔王の命令でアーサーを探っていた、魔王の手下なのよ」
「……は!?」
「目的がわからなかったけれど、ヴォルドの杖を探していたのね。強力な魔法使いが手にすれば、その力を倍増させる武器になる。魔王からすれば『危険』でしょうよ」
「まじか、オーケー、理解した」
俺は即座に話の展開を見て取った。ここで「まさか、ユウオが!? 信じられない!」などと言っている場合ではない。素早く印を結び、俺は術を放った。
「壊したかったのはこの保護ケースの方だろ? 制御が下手なのは演技じゃなくて本当だったわけだ」
壊された台座と一緒に転がっていたのが、四角い透明なアクリル、ではない、魔晶板で囲われた例の杖だ。俺は強めの風を起こしてそれ浮かすと、そのまま自分の手元に吹き寄せた。
「どうやらこれは渡せないみたいだな」
「触れるな!」
ユウオ、それともユウオという人間の真似をしていた魔物は、甲高い声で叫んだ。見た目にはほぼユウオのままなんだが、目だけがまるで空洞のようになっており、こいつが人間じゃないことを声高に知らせていた。
「こうなったら、この建物ごと微塵にしてくれる」
その言葉に俺は思い出した。ユウオが何でもない様子で地面に大穴を空けたときのこと。たったいまの、粉々になった石台も。
俺は呑気に「こいつの魔力はすごい」なんて思っていたが――。
いや、そうじゃない。俺自身気づいていたじゃないか。破壊に向いている力だと。
「くそ、レナ! こっちに!」
風の術を対抗させて自分と仲間を守るしかない。俺はとっさに判断し、杖に力を集中させた。
そのときだ。
「させんよ、魔物め」
「何!?」
いままさに術を放たんとしていたユウオの背後から声がした。
「アーサー!」
俺は目を見開く。いったいいつの間にやってきたのか、勇者の剣がそのとき一閃した。
「グオオオオ……!」
魔物は痛みにうめき声をあげ、よたよたと二、三歩ほど歩いて勇者を睨み、それから、消えた。
消えた。火の魔法も。ユウオも。粉々になった台座と落ちた杖、それから俺たちを残して。
「は……」
「無事か、ジャレット、レナ」
剣を鞘に収め、アーサーが俺たちの方に寄ってくる。
「おま……まじ、勇者すぎるだろ……」
その場にぺたんと座り込みながら、俺は何とか軽口を叩いた。
「知ってたのか? あいつが人間じゃなかったって」
「いや、疑ってはいたけどな、確証はなかった」
「どうして言ってくれなかったんだ、俺はてっきり」
「それはな、怒るなよ」
アーサーは口の端を引っ張って、少し笑うような顔をした。
「お前が『どっち側』かよくわからなかったから」
「……まじかよ」
「ユウオはいろいろとあなたの情報を持ち帰ったでしょうね、アーサー」
「知られて困るような秘密はない。かまわないさ」
ふたりのやり取りに、俺は無言になった。ふたりとも知ってたって訳だ。まあ、そうだろうな。レナがこの史録堂にきたのももちろん偶然じゃない。杖に詳しい叔父さんだって、架空の存在かも。
そんなことを考えていると、アーサーがくるりとこちらを向いた。
「気にしてるのか? ユウオを引き留めたこと」
「あー……いや、まあ……」
言い当てられて俺は頭をかいた。全く、何が主人公だよ。逆さまじゃないか。
「おかげで尻尾を掴めたんだ。礼を言いたいくらいだよ。それに、あいつがお前を警戒したってことでお前のことも信じられそうだしな」
「警戒? 俺を?」
「何だ、わかってないのか」
アーサーは俺に近づくと、スッとかがみ込んだ。
「レナ、これ開けられるか?」
「勝手に開けていいものじゃないでしょ」
「『勇者』が魔王退治の役に立つって言ってるんだぞ」
「はいはい」
肩をすくめるとレナは呪文を唱えた。と、魔晶板がパカッと割れる。
「使えよ」
「は?」
「あいつは、この杖をお前に使われたら厄介だと思ってぶっ壊しちまおうとしたんだよ」
「んな馬鹿な」
俺は顔をしかめた。
「一緒に行ったらとめられるに決まってるだろ。夜になってからひとりで忍び込むとかするならまだしも、レナまでいるのに強行するなんざ」
「でもユウオらしいだろ?」
アーサーの言葉に俺は顔をしかめる。
「『ユウオという人間』の演技するにしちゃ、タイミングがおかしくないか」
「だから、演技じゃなくて、どっかズレてたのは演技でもない、元来の性格なんじゃないか。もしかしたら」
しゃがんだままでアーサーは稀少な杖を手にした。
「あいつはお前がかまってくれたことを覚えてて、クライマックスで力を貸してくれることだってあるかもしれないな?」
「ん?」
いいんだろうか、こういう展示品を素手で触っても――なんてことを考えてた俺は、アーサーが何を言ったのか一瞬理解できなかった。
「俺はその手の展開、けっこう好きなんだよ。敵だと思ってた奴が終盤で味方してくるの。お前は?」
「……は?」
「『アーサー』なんて少しベタすぎるかとも思ったんだが、もうすっかり馴染んじまったな」
「は!?」
「つまり、俺は、召喚型なんだ」
にやっとアーサー、いや、アーサーと名乗ってる勇者は笑った。俺は口を開けたままそれを聞いた。
「魔王を倒すまでは帰れないってワケ。そろそろ故郷や本名も懐かしいが」
再び勇者は立ち上がり、ぽかんとしたままの俺に杖を差し出すと片目をつぶった。
「帰るにはまだかかりそうだ。今後ともよろしくな、同郷の風使い!」
―了―
追放と杖と勇者の真実 一枝 唯 @y_ichieda
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