第十五話 緑の瞳(一)



「ブレる?」

「あぁ、私が私で無いみたいというか」


 日も沈み、1/4周遅れて上弦の月が沈もうとしている。夜空の星以外で唯一燃え滾る焚き火を囲んで語り合う。


「普通の私なら、今日みたいなことにはならない」

「道に迷わないってことか?」

「そっちじゃなくて……てかゴメンて」


 うん、ちょっとしつこいかもしれない。


「私はとてつもなく自己中心的なんだ」

「自分で言うんだそれ」

「単なる性格の問題だけじゃなくて、意図的にそうであるようにしてるんだ。一人孤独の人間がある程度の地位を確立するにはそれが一番だったからね」

「内容は知らないけど、さっき襲われたのもそれが理由?」

「そう。まぁ見たところ私の知らない顔だったし、多分誰かに依頼された暗殺者アサシンとかじゃないかな」


 お喋りなリョクのことだから、恨まれた経緯についても気が向いたら話してくれるだろう。わざわざこっちから話を脱線させるほどじゃない。


「普段はそういうのも無視してるんだ。関わるだけ時間の無駄、私に攻撃を当てようったって、普通は無理だからね」

「まぁそうかもしれないけど、今回は俺の事情もあったし……」

「そう、君の記憶のためだ。それがおかしいんだよ」


 パチパチと、炎の音がする。少し冷たい夜に、確かな暖かさが肌に触れる。


「これが君じゃなかったら私はどうしていたのかな、意思を無視して逃げようとしたんじゃないかな。少なくとも本来の私はそういう人間だ」

「それは俺が大切だからか?」

「……記憶を無くしてからストレートに言うようになったな……まぁそれもあるとは思うけど」


 そこで一度息を吸うリョク。


「一番は、やっぱり君に笑ってほしいんだろうな」

「笑ってほしい?」

「そ、笑顔が最高なヒトだったからね」

「……今の俺って笑えてないのか」

「多少の自覚はあるはずだよ、感情の起伏が少ないこと」


 まぁ、確かに。まともに自己主張したのも旅に出るときと、二股の道を選ぶときだけだ。それも、選択肢が他人に用意された形。


 いつになく真剣な顔で、リョクは語る。


「人格を形作るのは記憶だと私は考えている。だとしたら、一部の記憶を失うというのは人格が欠けるということなんじゃないかな」

「なるほどねぇ」

「つまりこの旅は」

「自分を取り戻す旅か。お互いに」


 俺は俺の感情と記憶を、リョクは本来の彼女を。


「取り戻す、か。ネガティブな気がするね」

「そうかな?」

「こう呼ぼう、再出発リスタートってね」


 ほんの少しの表現の違いが、こうも違った感情を呼び起こすとは思わなかった。


「ふふ、こんなに若さと青さのある会話はいつぶりかな」

「自分で言うんだそれ」

「実際そうだろ?哲学を語り合うなんて、今の時期だからこそ出来ることの筆頭じゃないか?」


 俺も前は積極的にそんな話をしてたのだろうか。


 そんなことを話ながら、あの半月すら平原の向こうへと行ってしまいそうになった。


「じゃ、それで」

「おっけ。それじゃあ寝るか。一緒に寝る?」

「ひとりで!おやすみ!」


 顔が真っ赤に染まったのは、多分火が強くなったせいだ。





 人生初の、いや本当に初なのかは疑わしいけれども、寝袋で寝て起きた。


「んー」


 信じられない。まだ今日で異世界三日目だ。


「っしょ、おはよー」

「ん、おはよー」


 テントから出ると、リョクが椅子に座っていた。朝日が後ろから射し込んでいて、まぶしい。この人のことだから、狙ってやってるんだろう。


「何してるんだ?」

「魔法の研究。もうちょっとで一般化出来そうな気がするんだけど」

「一般化かぁ」


 本来はモンスター一体毎に固有の魔法を、誰でも仕様可能にする工程、一般化。


「そういえば、リョクのボックスの一般化が、今の俺も使えるボックスなんだよな」

「そうそう。私の収入は基本このライセンス料だね」

「このボックスは魔法の収納って可能か?」

「君達には不可能だね。そこまで対応してない」

「へぇ。なんで?」

「技術的には可能だけど、王国上層部から止めるように言われた。たしか政治的なパワーバランスがどーのこーの言ってたけど、興味ないからあんまり聞いてなかった」


 他者には興味ない話を押し付ける癖に自分は他人の話を聞かないのは彼女らしい。


「なんか失礼なこと考えてない?」

「いやいやまさかぁ」

「ふーん」


キュウィィィィィイーン


「おっ」

「え?」

「行き詰まってたところを突破した。あとは……」

「んえ?」


 いきなり服を引っ張られて転びかける。なんとか持ち直したら今度は座らされて、頭を撫でられた。


「今から君に魔法を授けよう。しばらく動かないで目を閉じてくれたまえ。」


 言われるがままに目を瞑る。すると、何やらイメージが流れ込んできた。


「見えるだろう?それと同じことをするだけだ。ほら、真っ直ぐ左手を出して、そうピストルマークでいい。そしたら、『燦然たる業火の消し炭となれ』と言いながら左手で撃ち抜くんだ」

「中二病すぎる……」

「文句言わない。対して変わらないでしょ?」


 渋々、本当に不本意であることを全力でアピールしつつ、口を開く。


「『燦然たる業火の消し炭となれ!』うわぁ……」

「……よし、目を開けて」


 目を開けた先には……

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