第十四話 テント



「テントだー!」

「はぁ……」

「ため息つかないでよ。楽しいキャンプだよ、キャンプ!」


 モンスターとの一悶着から数時間後、空には半月が浮かび、太陽も店仕舞いを始めている。俺の視界にはこれと、草原と、テント設置を終えた女性しか映らない。


「今日は宿に到着できるって話だったじゃないか」

「しょうがないでしょ、最初の157歩で迷ったんだから」

「悪びれもせずに」

「まぁ、割り切って楽しもうよ、ね?」


 そう言ってボックスから様々な小物を取り出すリョクに少し怒りが沸いたが、六秒ほど経って気づく。


「まぁ、俺がこっちの道選んだ訳だしな」

「あぁ、そういえばそんなことあったね。忘れてたよ」


 細かく歩数覚えている変態的記憶力の持ち主が、会話を忘れてる訳が無いと思う。そもそも準備を一人で全てやってくれているあたり、慣れない気遣いをしてくれているのだろう。


「手伝うよ」

「……いや、一人でいい。リュウも疲れただろうし、記憶の整理も大事だろうから寝ていいよ」

「今日は刺激が多すぎた、多分寝れない。このまま寝ても夢でまたスライムに追い回されそうだ」

「すまないな」

「なんで謝るんだ?」

「『あれ』は多分私を狙ったものだ」


 さらっと衝撃のことを言うリョク。物は出し終わって、整理に取りかかっている。


「恨まれることしてるのか?」

「そのつもりは無かったんだが、色々あってね」

「色々?」

「どの世界も同じさ。功績を残したければ、それだけ人から嫌われる必要がある。必要十分ではないけどね」


 達観したその横顔は、年齢不相応な貫禄か、あるいは相応な見栄なのか分からなかった。


「そのうち話すよ。エピソードを小分けにしながら、私の三年間について」


 話してる間に、作業が全部終わってしまった。申し訳なさと、楽できたことに対する一抹の喜びがうかぶ。


「私は料理作ってるから、剣でも素振りしてれば?」





 と言われたので、ミュラーさんから手渡された剣を手に取る。


「重っ!」


 ホントに想像の数倍重い。持てないほどではないが、片手でこれを振って戦うのはしんどそうだ。


「戦闘はなるべくしたくないな」

「嫌いかい?」

「嫌いだよ。疲れるもの」

「そうかなぁ?」


 こちらには目を向けずに、不思議そうに首をかしげるリョク。この人はあのときも一切疲れて無さそうだったな。


「俺も魔法使えねえのかなぁ」

「現時点だとね。これから定期的に教えるけど、しばらく時間はかかるかな」

「特殊魔法は最初から使えるんだよな?」

「君以外はね」


 そう、俺の特殊魔法はかなり異質らしい。通常時は魔法の使用どころか存在の認識すら出来ない。リョク教えてもらおうとしても、何故かその部分だけ聞き取れないようになっている。


「私は君の特殊魔法を知ってるんだけどね。あぁもどかしい」

「個人情報握られてるみたいでいやなんだけど」

「本人すら知らない情報って個人情報なのかな?」

「どうでもいい……ふぬぉ!」


 一度振ってみる。変な声が出たが、一応はそれっぽくいけた気がするが……


「ダサい」

「酷いなぁ」


 一刀両断された。


「私からは何も教えられないから、勝手にやってくれ。」

「んな無茶な」

「ダイジョブ、勇者の伝承通りなら、初めて剣を握ってから七日で敵三百を一人で倒したと言われてるから」

「絶対嘘だ……」

「疑う者がいなければそれは真実となるのだよ赤井くん」

「ここに今現れたぞ」





 何度か素振りしてると、いい匂いがしてきた。剣を一旦置いて、


「王宮の冷室から期限切れギリギリのものをもらってきたよ。ウナギの蒲焼だ」

「なんか、昔食べたような気がするけど覚えてないな」

「そう」


 味はここまでの異世界生活の中で一番美味しかった。でも不思議と口数は少なくて、それでいて落ち着いた時間が流れていた。


「ちなみにウナギの血液には毒があってだね」

「食事中に毒の話しないでくれ」


 今食べてるものの毒の話なんてしないでくれ。落ち着きが吹き飛ぶ。


「いやぁ、ホントに君は異常だよ」


 いきなりそんなことを言われた。別に貶す意味ではないんだろうが、気分の良いものではない。


「何、急に。俺はここまで流されるままに行動してきただけだよ」

「急に空から降ってきて、同時に謎の物体振りまいて、無責任に記憶も、ついでに片腕もなく、おまけに勇者の素質持ち。これを普通というのは人類に失礼だろ」

「まず片腕ないのを『ついで』って言う方が失礼じゃないかなぁ?」


 日常の動作でいかに両腕を使っているのかを実感した。変に体重のバランスも狂うし、記憶よりは右腕から取り戻したい。


「わかった、異常というのはやめる。特別だ」

「ニュアンス変えただけでも、その大元の感情が変化なければ無意味だろう」

「いいこと言うじゃーん」

「あぁ、もう」


 この人の毒舌にはどうにも不快になれない。


「まぁ特別な理由は色々あるんだけど、一番個人的なところから話すと……」

「個人的?」

「君といると、私がブレるんだ」



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ちなみにウナギエピソードは作者が少年時代に実際にやらかした出来事です。

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