第十三話 天衣無縫



 脳内で計算する。スライムは十二体いた。のうち欠片を取り込んでいる一体をリョクが確保。残りの敵は十一体の筈だが、矢を撃ってきた一名がいるから、敵の数は十二体。


「この箱って、もしかしてそういうこと?」

「そう、ぜーんぶこの箱のなか。」


 いつの間に、と思うが聞かない。また長い語りが始まりそうだもの。そうおもって、所々焼け焦げた草原に寝転がる。


 ため息が聞こえる。自分の口からだ。


「疲れたぁ。」

「楽しかった?」

「全然。怖い思いしたし。」

「君が私の思い通りに動くのが面白かったから私は満足だね。」

「ぞんざいに扱いやがって。二つ別の指示が同時に出たときかなり焦ったんだけど。」


 屈託のない笑顔で笑う、というか爆笑してるリョク。やっぱこいつ性格悪いんじゃなかろうか。


 そして、ふと気になって聞いてみた。


「俺、こんなことできるようになるのか?」

「『こんなこと』の定義によるな。全く同じようなことは、多分君が勇者になってからでもできない。」

「つまり?」

「この能力は私オリジナルだからね。ほら」


 そう言って、リョクはステータス画面を見せてきた。


「いいのか?個人情報盛りだくさんだろ。」

「前も言ったけど、君に殺されるぐらいなら本望だよ。」

「俺そんなドSだったのか?普通友達と殺り合わないだろ。」


 この世界では優しい人間でありたいと思った。


坂井緑

所持金    75495リナ

種族     ホモ・サピエンス(備考:王立研究所助教授)

固有魔法   

ボックス

 詳細

物質であれば特殊な条件がない限り、透明もしくは箱の形状をしたボックスに収納される。魔法式も収納可能、収納した魔法は分析後に使用可能。





 正直、疑っていた。箱に収納するだけの魔法。そんな能力が最強とは思えない。大方、カッコつけたくて最強と名乗っているんだろうと思っていた。(実際子供っぽい面を多く見てきたから。)


 ただ、このステータスを見た限り……


「魔法が収納可能?」

「炎の矢はこれで防いでいたんだ。」

「収納した魔法が使える?」

「すぐにじゃないけどね。最低でも十三秒必要かな。」

「……ちなみにボックスに制限ってありますか?」

「無いよ。あと「ですます」になってる。」


 想像する。この人は三年間、この世界で生活していて、収納した魔法も相当あるはず。なのに、一切使っていないのだ。収納した魔法を。


「質問は終わりかな。さて、先に進むかい?それとも欠片を吸収するかい?」


 三年間一度も収納能力を使って無いのか?いや、それにしては命が狙われるという状況に慣れすぎている。


「……収納している魔法の数は、」

「こら」

「っ!」

「ちょっと聞きすぎだよ。君は乙女に所持金を尋ねるタイプの無粋な男なのかい?ヒモ男に付きまとわれるのも、まぁそれはそれで悪く無いけど、前の君はそうじゃ無かったなぁ。」


 顔を近づけ、俺の唇に人差し指を触れさせたリョク。


「すいまs……すまない。」

「ふふっ、気にしなくていいよ。むしろ意地の悪いことを言って悪かった。」


 彼女の笑顔には、もうさっきまでの不気味さはない。そのことが、彼女の底知れなさをより引き立てている気がした。





 目を開ける、学校だ。


 赤井、と呼ばれる声がした。俺は返事をして、教卓に向かった。


「引き続き頑張ってくれ。」

「はい。」


 この時は数学のテスト返しの時間だった。席について、点数を確認する。


「93点かぁ。」

「どこミスった?」


 後ろのやつが、話しかけてきた。


「ラストの円の問題、途中で計算ミスって書き直したけど間に合わなかった。」

「うわぁ、勿体ねぇ。」

「そういうお前は?」

「俺?75、最近5の倍数ばっかなんだよなぁ。」

「今回は素数でラッキーだったよ。」

「100点とりまくってる奴がそれ言うのか?」


 そうか、詳しく覚えてないけどどうやら俺は成績優秀らしい。


「負け惜しみか?」

「一回でも90点代取ってから言え。」

「へいへーい。」

「静かに。全員返ってきてるな?じゃあ総評だが……」


 数学教師が話をしてる間、俺は別の問題を解いていた。


「……しっかり見直しして、穴の無いようにしてください。さて平均点だが、今回は62.4点だ。難易度もあって前回よりは少し下がったな。最高点は97点だ。」

「素数だ。」


 その時の俺は、誰が最高点を取ったかなんて分かりきっていた。


「……出来た。」

「お前、さっきから何書いてんだよ。」

「√2が無理数であることの証明。四つ目が中々思いつかなくてさ。」

「……付き合うのも大変だな。」


 ため息をついて、話すのを止める。□□□からの課題は、五つの証明だった。


「ラスト1本集中!」





「いや、テニスかよ。」

「お目覚めかい?てか何見てたのさマジで。」


 叫んで起き上がった俺と、隣にはリョク。


 リョクの恐ろしさを思い知った後、俺はその場で欠片を吸収することにした。とはいってもスライムの体内にあるのにどうやるのかと思ったら、リョクが直接粘液まみれのボディに手を突っ込んで取ってくれた。ぬるぬるなことに文句を言ったら、面倒そうな顔をしながら水の魔法で洗ってくれた。


 初めてボックスの魔法を取り出してるのを見た瞬間である。


「学校の記憶だったな。テストが返却されてた。」

「それ以外は何かないかい?」

「いやぁ、何かを証明しようとしてたってだけで、あとは特に。」


 それを聞くと、リョクは露骨に不機嫌な顔をした。


「学校での記憶なら私との記憶もありそうなものだけどねぇ。」


 その、寂しそうな横顔を見つめるしかなかった。

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