第十二話 最強



「今から私の声に全て従ってくれ。いいかい、声にだよ。」


 リョクがそんなことを耳打ちする間にも、スライムの群れは近づきつつある。


「4、3、2、」

「ねぇリョク、どういう……」

「静かに。」


 ふっと目を閉じるリョク。こんな行為になんの意味があるのかは知らないが、その横顔に一瞬息を呑んだ。


「前方に走れ!」

『走れ!』


 声が、言語魔法が、二重になって脳へ届けられる。刹那スライムの群れへ突進する。


「うぉぉぉ!」


 後になって振り返ると、なんでこんな無茶が出来たのかわからない。相手はドロドロの化け物で、体液にどくがある種もあると聞いてた。


 いつからこんなにこの人を信頼していたのか。あるいはこの人しか何も信じれなかったからか。とにかく我ながら随分盲信的みたいだ。


「ジャンプ!」

『ジャンプ!』


 聞いた同時に跳ぶ。世界がスローに見えて、これまでの思い出が走馬灯のように……流れるほどのものが無かった。


「回りながら着地して合図したらOKって返答して!」

『回りながら着地!』


 ……ん?なんか指示が多い、というか言語魔法と伝わってくる情報が違う?


「うおぉっしゃーい!」


 まずい、考える間もない。てかなんで出来たんだ。そのまま走り続ける俺に。


「Are you ready?」

「…っおぉーけい!」


 瞬間、体にとてつもない逆向きの加速度が加わる。後ろに引っ張られたと気づいたとき、目の前を炎の矢が横切った。


 そのまま一瞬で吸い込まれ、気がついたら……


「私のボックスは快適かい?」


 リョクの手のひらの上にいた。





「!?!?」

「あはは、驚いてる。」

「これは……?」

「手のひらの上にボックスを用意して、そこに君を入れたんだ。そのサイズに合わせて、君も自動的に縮小したんだよ。」


 ボックス……どこかで聞いたことあるような、と考えて、一つ思い当たるものがあった。


「あぁ、あの持ち物を入れるあの魔法か。」


 言いながら、ステータス画面を開く。ボックスの欄に、さっき買ったものやミュラーさんから受け取った武器などが入っていた。


 ちなみにさっき武器を取り出そうとしたら、下手に使うと危ないと言われたのでやめた。


「あれ、元は私の固有魔法なんだ。あとで説明するよ。」


 そう言って、リョクは俺を『放り投げ』た。文字通り。


「うわっ!」


 手のひらから離れると、一瞬で元のサイズに戻り、着地。なんというか、ファンタジックだ。実際にはないはずの、ポンッという効果音までも聞こえる。同時に、燃え上がるような演出までも……


「おーい、この辺燃やすと罰金だぞー。」


 炎出えんしゅつだった。


「ちょ、ちょっとこれ、脳が追いつかないんだけど。」

「うーん、じゃあ整理s、ほいっと、しながら対処してくか。」


 会話中にも炎の矢が飛んでくる。スライムとは違い、明らかな殺意が向けられたその矢を、この人は軽く止めた。文字通り空中で停止させている。


「まず、なんで俺を突撃させたの?」

「カワイくて初々しいリュウを見たかった、と言ったら?」

「それなりの報いを受けてもらうね。」

「おぉ、怖い怖い。冗談だよ。」


 命を狙われてる状況で冗談を言っている余裕があるのか、とも思うが、この人は本当に余裕そうだから多分大丈夫だろう。


「欠片がスライムの体内にあると言ってただろう、君を近づければ特殊な動きをする個体がいるかな、と思ってね。」

「……手段にはつっこまないけど、結果は?」

「大成功、ここに。」


 そう言って、リョクは背中に回していた左手をこっちに差し出す。手のひらのなかに、サイコロの形をしたスライムがいた。


「こいつが君が走ったときに吸い寄せられてたんだよね。だからボックスに閉じ込めておいた。」

「確かに、異様な気配を感じる……」

「そうなのか、解体しないとわからないな。」

「物騒なこと言うの止めて……他に理由は?」

「スライムが群れてる理由にも関連するんだけど、これは私か君を狙った計画的な犯行な気がしてね、君を走らせれば釣れるかなぁって。」

「俺の安全 is どこ?」


 まぁじで勘弁してくれ。


「いいじゃん、無事だし。」

「結果論で全ての物事を語らないでくれ、そのうち結果もついてこなくなる。」

「まず目の前の結果を最大効率で優先したんだよ、未来の勇者君。」

「何が……」

「それに、私がいる限り死なないって!だって、」


 その時、突風が起きる。何かが顔に当たって落ちた気がして、落下箇所を見た。


「私がこの国で最強だもん。今のところは。」


 そこには箱が十二個。


 もう矢の音は、聞こえない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 作者です。初めてルビ振ってみたんですが、どうなんですかねこれ。


 以降、人間が魔法言語で会話するときは『』で表す予定です。(モンスターのセリフは通常の「」にするつもりですが、紛らわしければ変えます。)


 その他、誤字脱字や内容について(特に戦闘描写)の意見お待ちしております。

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