第十話 開門
一
「さて、説明しよう!」
リョクが元気よくそう言う。この人は本当に解説、説明が大好きみたいだ。正直、食傷気味になっている。
「と言っても、言語魔法と基本は同じ。イメージをするだけだ。違うのは、双方の同意が必要なことだけ」
そう言って、リョクは棚から食パンとを取り出す。
『これ一つ』
『お値段、73リナです』
『値上げすんなよー』
『正規価格です。交渉は無駄ですよ』
リナというのはお金の単位だろうか。そんなことを考えてると、いきなりリョクが持っていた食パンが消える。
唖然としている俺を放っておいたまま、リョクは話し始めた。
「こんな感じだ。これで私の口座から金額が引き落とされて、商品を購入した扱いになる」
「待ってくれ、口座って……んぇ?!」
いきなり目の前にライトブルーのパネルが表示される。
赤井龍之介
所持金 0→65000
種族 ホモ・サピエンス(備考:期限付き入国許可)
固有魔法 非記載
ボックス 武具
「それが君のデータ、ステータスと呼ばれたりもするね。購入すると所持金の欄の数字が減って、ボックスに物が増える」
「ボックス?」
「エコバックみたいなものだと思ってくれ。いつでも自由に出し入れできる」
現世のことはよく覚えていないが、多分ここより不便だと思う。
「さあ、あらかた教えたし手順通りに買いものしてみてよ」
その後に、ボックスへの入れ方取り出し方も教わり、最終的な状態はこんな感じだ。
赤井龍之介
所持金 65000→62744
種族 ホモ・サピエンス(備考:期限付き入国許可)
固有魔法 非記載
ボックス 食料品/武具
二
「でも、ちょっと一言応援しただけで勇者の再臨とか、大袈裟じゃないか?」
「……あぁ、さっきのザックスが言ってたことね。まぁ確かにそうかもしれないけど」
そこでリョクは振り向いて、口を動かす。
「それだけ、モンスターにとって勇者は神のような存在なんだ。君一人の発言で、本当に国が動く」
「ミュラーさんもそんなこと言ってたな。ただの十五の若者に何を期待しているんだろうね」
「彼らにとって人間は人間だ。木を見てすぐに樹齢がわからないのと同じだよ。それに、そもそもここには十五以上の人間がいないからね」
「なるほど」
そんなことを話しながら、石畳に足音が響く。他にも複数の店で買い物を終えて、いよいよと行ったところだった。お互い顔を見合わせた。
「……静かだね」
「そうだね。ねぇ」
「ん?」
「私の寂しさも分かる気がしないかい?」
そこで、初めてその緑の瞳を見たような気がした。美しい、ペリドットのような輝き。そこにはどこか深みがあった。
「異国の地に一人取り残されたような気分さ。交流もするし、退屈はしない。でも真に共感できる相手がいないというか」
「そっか、そう言われるとイメージはつくな」
「ほら、門だ」
言われて、前を見る。堅牢という文字を積んで造られたかのような門があった。昨日捕らえられていた時にも見たような騎士が、警備をしているようだ。
「でかいな……」
「ここが王都の玄関。君みたいな例外を除けばこの門が唯一の入場口だ」
「ここだけ、厳重だな」
「この王都が難攻不落と呼ばれる所以の一つだね。高さ約十メートルの防壁だとか自動防衛プログラムとか、殺意に塗れた名前を聞いたことがある」
「物騒だな。それ全部俺みたいな人間を殺すためだろ?」
「That's right! だが私たちが攻撃されることはないよ」
そう言って、腕に巻かれたミサンガのような紐を見せてくる。昨日渡されたスポットバンドとかいうもので、俺の左腕にもついている。これにより、位置情報は全て把握される代わりに、王国軍から一定の身の安全が保障されるということだ。
ちなみに、リョクはつける必要は無かったのだが、「これでお揃いだね、ふへへへへ」と言いながら蝶々結びで自主的に結んでた。俺は右腕がないので王宮のメイドさんにやってもらった。三重に結ばれた。
「ちなみにこれ、外れると死ぬよ」
「恐ろしいな」
そんな代物を蝶々結びで終わらせるリョクが、と付け加えると、この少女はニヤリと笑って言った。
「君以外では死なないさ」
その言葉の真意を尋ねる暇も無く、騎士にバンドを見せて通過する俺たち。未だに、この人はよくわからない。それはこの人が変人なのか、あって二日目だからなのか、それとも……
門を抜けると、そんなこと考えていられないほどの、開放感溢れる草原が広がっていた。
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