第九話 お買い物



 リョク、本名坂井緑。俺にとっての彼女との初対面は、困惑から始まった。ぐいぐいくる人だなと思った。ボディタッチが多いから。話すのが好きな人なのだなと思った。本当に楽しそうにモンスターや魔法について語るから。楽しい人生なんだろうなと思った。目がとても輝いているから。


 影がある人だなとも思った。俺に記憶がないからかな。馴れ馴れしいなとも思った。昔恋人だったからかな。


 正直、記憶を取り戻すためだけに長い旅をするのは、個人的には理由としては弱い。それでも、彼女との思い出に興味がある。俺の記憶が戻ることで、彼女の光が取り戻せるなら、その未来を見てみたい。


 それに、もう一人、大切な人がいた気がするんだ。うっすらと記憶にあった、『親友』という言葉にヒントがありそうな気がする。


「おーい、何立ち止まっているんだい?」

「考え事をしてて。」

「ふーん。」


 とにかく今は、『欠片』を集めることだけを考えようと心の中で誓った。


「昨日の夜の話を覚えているかな?」





「魔法には一般魔法と特殊魔法があってね、後者は特定の種族、あるいは個人のみが使用可能な魔法だ。そんな特殊魔法を一般化することによって、誰にでも使えるものにしたのが一般魔法だ、数学の一般化と同じイメージだね。」

「その一般化を忘れているんですけど。」

「語彙の消失も多少はあるのか。法則性はあるのか……いや、本題に戻ろう。」


 一般化というのは、特殊な条件でのみ使えるものをどんな状況でも使えるようにすることだと説明をもらった。


「例の言語魔法も一般魔法の一つだ。その他にも、支払魔法とかの日常に不可欠な一般魔法は多くある。それを習得する過程を省いて君の脳に直接ダウンロードさせたのが、さっきの手術だ。」

「あれ脳の手術だったんですか……」


 問答無用でそんな危ないことしないでくれ。


「現に言語魔法の存在と軽く使い方を教えるだけで、君は問題なく会話できていただろう?」

「まぁ、はい。」

「他にもいろいろ一般魔法はあるんだが、それぞれ必要になったら教えることにするよ。実際に必要な場面に直面してから使った方が、ありがたみがわかるだろうからね。」

「めんどくさいだけですよね?」

「そうとも言うね。」


 きゃは、と笑う彼女を、呆れて見つめるしかなかった。





「早速直面したよ。まずは取引の魔法だ」


 その声で、現実に引き戻された。リョクはそう言って、横にある建物のドアを開ける。ギィィ、という音が鳴り終わる前に、俺は慌てて中に入った。


『いらっしゃい。おや、緑さん以外の人間は珍しいですね。』

『噂には聞いていると思うが、例の人間だ。』

『なるほど。はじめまして。』


 作業をしている、青色の肌のモンスターがこっちを振り向く。一つ目だった。


『ザックスと申します。ごゆっくり見ていってください。』

『初めまして、赤井龍之介です。』

『リュウ、ここで今日の夕ごはんを買おう。そのときに、色々と説明する。』


 見渡すと、美味しそうなパンがいっぱい置いてある。それ以外にも、見覚えのある食品が様々。


『昨日みたいな奇抜なものは無いんだな。』

『ここは人類世界の料理専門店でね、王都内でも大人気だったんだ。実際、旨い割りに安くてホントに助かってるよ。』

『そう言っていただけると光栄です。』


 そんな会話を聞きながら、商品棚を見る。野菜とハムのサンドに目が止まった。


「それ、オススメだぞ。リュウは見る目あるね。」

「美味しそうだなって思って。ただ……」

「ただ?」

「夜は米派なんだよね。」

「……そういえば前世でもそんなことぼやいてたな。」

「記憶は消えても、米への執着が消えることはなかったんだ。感動しない?」

「しないよ。文句言うな。」


 ピシャリと言われてしまったので、引き下がるしかない。確かに、見回しても米はほとんどなかった。それでも無くはなかったが……


「なにこれ細長い。」

「これは覚えてないのか。君の記憶は本当に面白い。」

「単に執着するほどのものじゃ無かっただけな気がするけどね。」


 買おうかとも思ったが、前世の日本では不評だったらしいのでやめた。そして米を探すときに気が付いたのだが……


『人気店にしては客の数が少ないなぁ、とお思いでしょうか?』

『いえいえそんなこと……』

『顔を見ればわかります。実際、最近客足が遠のいているのは事実ですから。』


 そう言って遠い目をするザックスさん。


『世論は人類への反発が加速しています。そのせいで、このような人類と関わりの深い店は避けられているのです。』

『くだらないと思わないか?食事に政治は関係ないだろう。』


 リョクの言うことには全面的に同意する。でもみんながそう思う訳じゃないのだろう。


『人間はみんなそういった割り切った思想なのですか?』

『だとしたらこんなことにはなっていないな。』


 記憶の無い俺に、人類について、モンスターについて偉そうに語ることはできない。それでも、楽観的でも理想論でもいいから伝えたいことがあった。


『いつか、みんな気付きますよ。そのことの愚かさにも、あなたの、人類の食事の美味しさにも。』

『……ありがとうございます。お優しいですね。やはり勇者の再臨という噂は本当なのでしょうか。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る