第六話 秘密



『こちらが、デザートのジェラートです。』


 ウェイターが最後の品を運んできて、一礼して去っていった。


「何者とは?」


 と、貼り付けた笑顔で言う緑さん。


「あなたは何か隠しているはずです。」

「何故?私が記憶喪失の人間を弄ぶような悪人に見えるかい?」

「いいえ。」


 そんなことをする理由は、この人にはない。そんな人が俺と王国との関係を取り持ってくれるとは思えない。


「じゃあ、何が言いたいんだ?」

「あなたの言動に違和感があったんです。」

「……つまり?」

「なんで『同級生』が同い年なんですか?」


 緑さんは、三年待った、と言っていた。これが正しいなら、緑さんは俺より三年前の世界に転移したことになる。つまり、今の緑さんは18歳のはずだ。つまり、同級生だが同年代ではないという特殊な状況のはず。


「同じ年に生まれたという意味で同い年という言葉を使っていたとしても。『15の夜を共に飲み明かそう!』という発言に説明がつきません。」

「言ってないって。酒飲んじゃダメでしょ。」

「だいたい同じようなものでしょうよ。」

「だいぶ暴論だよ!?」





 言ってなかったっけ、と緑さんはあっけらからんとした顔で言った。表情には安堵が見える。


「説明されてないです。」

「私じゃなくても誰か言ってくれても良いじゃないか。」

「人任せにしないでください。」


 人ではないけど。そんな下らないことを話してひとしきり笑った後に、ちょっとだけ真面目な口調で、


「君の感じた違和感は、この世界と元の世界との最大の相違点、だよ。」


 緑さんは語り始めた。気がつくと夜も更けて、雪の中のように静まり返っていた。





 とおいとおいむかし、あるたからばこがあった。


 そのはこは、パンドラの箱とよぶひともいた。あるひ、こうきしんにかられたかがくしゃが、そのはこをあけてしまった。


 はこのなかから、バラのようなめがにらんでくるのがわかった。すると、『蒼の霧』がわきだして、そのかわりにときのながれがすいこまれていった。


 かがくしゃがこうかいしてふりむいたときには、もうパンドラの箱はとおくへいってしまった。





 そんな昔話を静かな微笑で、緑さんは語った。小学生に読み聞かせをするような、おだやかな口調。記憶に有る限り初めて緑さんに母性を感じて、穏やかな心地がした。


「ただの神話、それも子供向けのものだ。」

「これが、俺の違和感と何の関係が?」


 はぁ、と一変してめちゃめちゃ腹立たしい顔をしながらため息をつく緑さん。言語魔法で、ちゃんと言わなきゃわからないかい?と、語りかけてくる。さっきまでのドキドキが、殺気に変わってきた。


「ならしょうがない、勿体ぶらずに教えるよ。」

「よろしくお願いします。」

「この世界では人間は老化しないんだ。」

「ふーん」

「反応うっす!」


 実際どうでもいい、予想通り、もう何が来ても驚かない。まぁ元の世界に戻れるとなったときには、もう30歳になってるなんてことにはならなくてよかった。


 関心を無くしたように見えた俺を見るや否や、早口で、


「……まぁそんなことでこの話は終わり!君の違和感も解決したということで……」

「やっぱり。」

「え?」

「露骨に話題変えたがってますね。」

「いやぁ?べつにぃ。」


 すっとぼける緑さん。わかりやすいなこの人。


「むしろこっからが本題ですよ。」

「相も変わらず頭が回るというかそんなちょっとの発言でそこまで推理できることはすごいからそんな君の推理力に免じて今日はお開きに」

「あなた、私と付き合ってたんじゃないですか。」

「……」

「こっちは明確な根拠とかはありません。ただ、あなたの接し方が年頃の男女の距離感じゃないなぁ、と。」


 脳裏に、両肩をつかんで俺をブンブン揺らしながら、記憶喪失なんて冗談だよね?と叫んでいる緑さん。王宮を出ようとするときに、恋人繋ぎで手を繋ごうとする緑さん。食事の時にふと黙って顔を見つめてくる緑さん。


 これらの挙動は全て前世で恋人だとしたら説明がつく。にしたって近いけど。


 緑さんは、しばらく目を泳がしたあと、ため息をついて、


「やっぱり隠し事は向いてないな。」


 数秒の沈黙の後に、緑さんはそう言った。

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