第五話 夕食



 違和感、この世界に来てからずっと感じているもの。


 第一に、右腕がないこと。ふとした動作、起き上がる、扉を開けるなど、両手を使おうとして左腕しか動かない違和感。左側にやけに重心が寄っている違和感。落ち着いたときに、ふと右が軽いことを実感して、何とも言い表せない気持ちになる。


 第二に、脳の違和感。まるで、とかたとえば、とかの比喩を思い浮かべようとして、霧がかかったように思い出せない。特に、緑さんはどこか見覚えがあるような気がしてくる。実際知り合いと言っていたし、面識はあるのだろう。あとは、言語魔法。あの脳を他者に侵食されるような感覚は、気味の悪い温かみを持っていて、馴れるのには時間がかかりそうだ。


 第三に、とまで考えたところで、俺はベッドへ倒れこむ。


 ここは、案内された宿の一室。ここで一晩過ごして明日には出発だ。


 思えば今日は色々あった。目が覚めると異世界。村に着いたら眠らされ、また目が覚めると牢獄と少女。また目が覚めると白毛の魔王。その後は軽く魔法の説明を受けて宿へ案内されたんだっけ。


 寝返りを打つ、考える。今ある記憶は、あの少女との会話だけではない。ミステリー小説のネタバレをしてしまい後悔したシーン、初めて玉子焼きを成功させたシーンイギリス旅行の計画を立てているシーン、様々な記憶が映像となって流れてきた。多分、王宮に感じた既視感はイギリス旅行の時の教会の記憶とかだろう。


「楽しみだな……」


 そんな言葉が漏れる。宝探しみたいな、一風変わった冒険が始まるような気がした。





 第三の違和感について思い出したのは、ノックの音が聞こえてから。


「夕食の時間だ。さぁ入るよ!」


 緑さんの声。この人やけにテンション高いな。そんなことを考えながら、重い腰をあげる。


 夕食は、俺の部屋で二人で食べることになった。緑さん曰く、モンスターの食事は中々にグロテスクで、まだ見るのは早いらしい。


 モンスターには口がない、そして耳もない。つまり、五感の中で聴覚に関するものが無いのだ。緑さんがそうやって教えてくれた。


「でも食べるものは同じなんですね。」

「そうだね。味覚は概ね私たちと同じ感性のようだよ。」


 文化の違いはあるけどね、と言いながら緑さんと一人のモンスターがこちらに向かってくる。ウェイターさんみたいだ。


「こちらが、前菜のウーコンのサラダと、」


 聞いたことのない植物、やはり異世界はなけなしの現世での記憶すら、通用しないのかもしれない。


「コーンポタージュです。」


 前言撤回。かなり通用しそうだ。





 同じ十五の者同士、語り合おうじゃないか、という提案から始まった食事は、語り合うというよりは一方的に語られる形になった。


「いやぁ、旨いね。流石だ。」


 緑さんは幸せそうな顔をしながらそう言う。実際、美味しいが、それ以上に楽しい。コンポタの他にもローストビーフなど知ってる、けれど

も食べたことはない食べ物。現世では食べたことの無い食べ物。そして……


「それでそれでね!アンモカリスというモンスターは元の世界のオウムガイと似た体の構造をしているけれど生態は中々に特殊で」


 淀みなく話す緑さん。マッドサイエンティストのような、あどけない少女のような、ただのオタクのような。話してる内容は正直良くわからない。


 でも、あんまり喜ぶものだから、こっちも思わず笑みが溢れる。


「……やはりこの世界にも黄金比の美しさは不変なのは素晴らしいね!」

「あっそういえば。」

「ふぇ?」


 話の腰を折られて頬を膨らませる緑さん。申し訳無さを感じるが、言わなければならないことがあった。


「ごめんね。これだけは聞いておきたくて。」

「むぅ。なんだい?」


 黄金比と聞いて思い出した、第三の違和感。


「あなたは何者ですか?」


 牢獄の時と同じように、彼女の硝子の笑顔が割れた。

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