第七話 不要なもの
一
本来隠すことでもなかったんだけどね。
緑さんはそう言った。ほんのり耳が赤い。あとしばらくは、この人の耳しか見ることがないんだろうなと思う。
「じゃあ、何で隠したんですか。」
「いきなり恋人を名乗っても記憶喪失の君は疑うだろ?そんな都合のいい話があるかって。」
あはは、と笑う緑さん。その目は深く、黒い目をしていた。その目に、暗い影があるような気もしたが、俺は気にしないことにした。
「都合のいい話もあるもんだね。」
「えぇ。」
「あと何か聞きたいことはあるかい?」
そう言われて、考える。二つの違和感、時系列と緑さんの態度については、もう解決したから、もう特にはない。
「もう大丈夫です。そんなに興味もないですから。」
「なんだい?私と昔の君とのエピソードに興味は無いのかい?」
「えぇ、そのうちその記憶も戻るはずですから。」
「……まぁ、それもそっか。」
かなり寂しそうにする緑さんを見て、しまった、と思う。この人にとっては大切な思い出なはずだ。
「……どうでもいい、というのはあなたの妙な馴れ馴れしさの疑いが晴れたからで、あなたがどうでもいいわけじゃないです。」
「悪いね気を使わせて。」
「ですから……」
一旦言葉をきる。この世界にきてから、最大級の笑顔で。情報を、魔法ではなく秒速340mで伝える。
「これから一緒に思い出を取り戻しましょう、緑さん。」
緑さんの顔から暗い色が消える。
「うん!」
二
ガラスの食器が運ばれる。緑さんは、
「語りたいことはまだあるけど、明日に備えて早く寝ようか。」
と言って、帰ろうとした。
「そうですね、添い寝しようとか言い出すかと思いました。」
「してほしいならしてもいいんだよ?」
「結構です。」
クスクスと笑う緑さん。そんな感じでお開きになって、ドアノブに綺麗な手がかけられる。
「あぁ、そうだ。」
「どうかしました?」
「大事なことを忘れてた。」
そう言って緑さんは俺のもとへ顔を近づける。指摘されても、距離感を変えるつもりはなさそうだ。
「私に対して、『です、ます』を使わないでほしい、敬称もいらない。」
「それは……」
「昔じゃなくて、これからの話さ。旅の仲間に遠慮は要らないだろ?」
数瞬、考える。確かにそうだな。
「でもいきなり名前呼びは……」
「抵抗あるか。じゃあ、こうしよう。」
緑さんは人差し指を立てて言った。
「あだ名で呼ぼう、君は昔、私のことをリョクと呼んでた。私は君をリュウと呼んでた。これからも、これでいこう。」
声は弾んでいる。記憶にない筈なのに、どこか懐かしい心地がする響だ。
「明日からよろしくね、リュウ。」
「わかりまs……いや、わかったよリョク。」
三
夢を見た。それだけは覚えている。
それだけだった。
何故か目元が腫れていた。
悪夢だったのかもな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
作者です。特に内容とは関係ないですが、私はとある世界的鬱ゲーが好きです。わかる人にはわかったかもしれません。
特に内容とは関係ないですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます