第七話 不要なもの



 本来隠すことでもなかったんだけどね。


 緑さんはそう言った。ほんのり耳が赤い。あとしばらくは、この人の耳しか見ることがないんだろうなと思う。


「じゃあ、何で隠したんですか。」

「いきなり恋人を名乗っても記憶喪失の君は疑うだろ?そんな都合のいい話があるかって。」


 あはは、と笑う緑さん。その目は深く、黒い目をしていた。その目に、暗い影があるような気もしたが、俺は気にしないことにした。


「都合のいい話もあるもんだね。」

「えぇ。」

「あと何か聞きたいことはあるかい?」


 そう言われて、考える。二つの違和感、時系列と緑さんの態度については、もう解決したから、もう特にはない。


「もう大丈夫です。そんなに興味もないですから。」

「なんだい?私と昔の君とのエピソードに興味は無いのかい?」

「えぇ、そのうちその記憶も戻るはずですから。」

「……まぁ、それもそっか。」


 かなり寂しそうにする緑さんを見て、しまった、と思う。この人にとっては大切な思い出なはずだ。


「……どうでもいい、というのはあなたの妙な馴れ馴れしさの疑いが晴れたからで、あなたがどうでもいいわけじゃないです。」

「悪いね気を使わせて。」

「ですから……」


 一旦言葉をきる。この世界にきてから、最大級の笑顔で。情報を、魔法ではなく秒速340mで伝える。


「これから一緒に思い出を取り戻しましょう、緑さん。」


 緑さんの顔から暗い色が消える。


「うん!」





 ガラスの食器が運ばれる。緑さんは、


「語りたいことはまだあるけど、明日に備えて早く寝ようか。」


 と言って、帰ろうとした。


「そうですね、添い寝しようとか言い出すかと思いました。」

「してほしいならしてもいいんだよ?」

「結構です。」


 クスクスと笑う緑さん。そんな感じでお開きになって、ドアノブに綺麗な手がかけられる。


「あぁ、そうだ。」

「どうかしました?」

「大事なことを忘れてた。」


 そう言って緑さんは俺のもとへ顔を近づける。指摘されても、距離感を変えるつもりはなさそうだ。


「私に対して、『です、ます』を使わないでほしい、敬称もいらない。」

「それは……」

「昔じゃなくて、これからの話さ。旅の仲間に遠慮は要らないだろ?」


 数瞬、考える。確かにそうだな。


「でもいきなり名前呼びは……」

「抵抗あるか。じゃあ、こうしよう。」


 緑さんは人差し指を立てて言った。


「あだ名で呼ぼう、君は昔、私のことをリョクと呼んでた。私は君をリュウと呼んでた。これからも、これでいこう。」


 声は弾んでいる。記憶にない筈なのに、どこか懐かしい心地がする響だ。


「明日からよろしくね、リュウ。」

「わかりまs……いや、わかったよリョク。」





 夢を見た。それだけは覚えている。


 それだけだった。


 何故か目元が腫れていた。


 悪夢だったのかもな。


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 作者です。特に内容とは関係ないですが、私はとある世界的鬱ゲーが好きです。わかる人にはわかったかもしれません。


 特に内容とは関係ないですが。

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