第一章 エピローグ

三十年前

 ラーレが吸血鬼モーントと出会う、三十年前の出来事。


「もっとスピードは出ないのか?!」

「全速力です! これ以上はシェネレーターがオーバーロードします!」

「シールド、もう持ちませんっ!!」


 オペレーターの悲鳴に近い報告がブリッジに響く。

 直後、大きな揺れがを襲った。


「船底部の脱出艇格納庫に被弾!」

「船長、脱出艇が今の攻撃で全滅しました。待機中の船員は……全員……」

「くっ……!」


 鳴り響く警報音。危険を知らせる赤い光の点滅が、嫌でも危機感を煽る。

 今更警報を鳴らされて、何に注意しろと言うのだろう。

 この場にいる全員がとっくに死を覚悟しているというのに。


「残りの脱出艇は?」

「予備が一つ……ですが旧式のため、乗員は一人です」

「あの子だけでも脱出させるのだ。すぐに脱出艇を準備して、あの子を乗せろ!」

「はっ」


 通信で船長の命令を伝えるオペレーター。ブリッジの一段高い椅子に座る船長は、大きくため息を吐くと、帽子を深く被り直し、俯いた。

 白衣を着た男性が船長の前に走り出る。


「船長、待ってください。彼女一人だけで、ですか? 危険です。あの子の記憶から〈無菌郷ステライル〉の位置がキノコたちに知られるかも!」

「……いいや、それはない」

「まさかっ、あの子の記憶を?」

「〈無菌郷ステライル〉を目指すという使命。それだけを刻んで、あとは消したよ。私が命じた」

「な、なんて酷いことを……ラーレは人間ですよ!」


 船長は、静かに言った。


「あの子なら……いつかきっと辿り着く。だが、それまでは余計なことは知らなくていいんだ。余計な悩みを抱かせる必要は、ない」

「船長!」

「これは人類のために、必要なことなのだ。それに、彼女には最高水準の体を与えた。簡単に死ぬことはないだろう」


 この船の船長として、人類のために優先すべきことを優先する。

 溢れる感情を、冷静さを装った声で必死に覆い隠した。

 この舞台での船長という役の出番は、まだ終わっていないのだ。


 その時、突然ブリッジに眩い光が差し込んだ。オペレーターの悲鳴が響く。


「う、うわあああ! 前方にスペースキノコが! なぜ突然!?」

「レーダー! 何をしていた!」

「あ、ありえない。突然現れました! 故障ではありません!」

「テレポート……したのか? まさか、そんな……くっ、あいつら魔法でも使えるのか?」

「強大なエネルギー反応を観測!」

「まずい! を脱出させろ! 早く!」

角度を計算中です!」

「早くしろ! 人類の希望を失う気か!」

「ええい、脱出カプセル、射出しましたっ! 着陸地点は多分どこかの大陸!」

「よし、それで良い。これで――」


その時、ブリッジの船員達の頭の中に、不思議な声が聞こえてきた。


(……異世界の科学技術に溺れし者たちよ。争うな)


「なんだ? これは、まさか!」


 驚愕に目を見開く船長。他の船員達も、ほぼ同時に悟った。


 〈ナラタケ・ジ・アース〉が語りかけているのだ。


(世界に神秘を取り戻す。それが世界の意思、世界の修正力、それが私だ)


 次の瞬間、放たれた強大なエネルギーがブリッジを貫き、船長を含めた船員達は骨も残らず蒸発した。


 コントロールを失った船は、重力に引かれ落ちていく。

 キノコが支配するあの星へ。


 そう、地球へ。


 第一部 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

衰退した吸血鬼は美少女サイボーグの血が吸いたい! 根竹洋也 @Netake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ