第27話 新しいマスコット。新しい目的地。新しい王。

 地面にラーレ達を下ろしたモーントは、すぐに黒い霧に包まれた。


「くっ……これ以上は、持たない」


 霧が晴れると、そこには、ボロボロ、ボサボサのモーントが地面にぐったりと倒れていた。


「げほっ、げほっ……」

「だ、大丈夫かい! ん? それは?」


 アヤメは、モーントの肩の上にいる小さな生き物に気がついた。

 黒い毛に覆われ、目は真っ赤、背中に棘が生えた二足歩行の恐竜のような生き物。

 そう、チュパカブラだ。ただし、その大きさは体長六十センチほどだった。大きめのオウムくらいのサイズである。


「な、なんだい、それ?」

「なんか不気味ですね……」

「キシャア!」

「ひぃ! 許してぇ!」


 牙を剥き出しにする小さなチュパカブラに怯えるリリ。モーントがチュパカブラの頭を撫でながら言う。


「よしよーし、チーちゃん、大丈夫だぞぉ。そいつらは私の眷属候補だ」

「キシャア? キシャア!」


 モーントの腕に体を嬉しそうに擦り付ける小さなチュパカブラ。


「こいつは、私のペットのチュパカブラ、チーちゃんだ。残った魔力で体を再構成した。少し小さくなってしまったがな」

「そうか。なんかもう、深くは考えないことにするよ」

「こ、怖いよぉ……噛みつきませんか?」

「噛み付くぞ。人の血を吸うからな」

「ひぇ!」

「安心しろ。私と同じでさいぼうぐからは血を吸えないのだ。かわいそうになぁ」

「キシャア……」


 すると、気を失っていたラーレが目を覚ました。


「う、うーん……ああ、気持ちよかったぁ」

「小娘、目が覚めたか」


 目を擦りながら、モーントを見るラーレ。


「あーあ、モーントが元に戻ってる……え、何その生き物?」


 モーントの肩の上のチーちゃんが、ラーレに向かって鳴き声をあげる。


「キシャア!」

「はわわ……かわいい!」

「え?」


 目をキラキラさせてチーちゃんを見つめるラーレ。


「何このかわいい生き物! モーントのペット?」

「ああ、そうだ。チュパカブラだぞ」

「へえー聞いたことないけど、可愛いねぇ!」

「そうだろう……あ」

「キシャ、キシャア!」


 チーちゃんが牙を剥き出しにして、ラーレの首筋に飛び付いた。そのまま首にガブガブ噛み付くチーちゃん。


「あはは、くすぐったいよー」

「キシャ?! キシャア!」


 文字通り歯が立たず、困惑するチーちゃん。


「こらこら、チーちゃん。あまりやると牙が折れるぞ。諦めなさい」

「キシャア……」

「えへへ、可愛いねぇ、よしよし」

「小娘、撫でる時は背中の棘に気をつけるのだ。お前の力だと簡単に折れるだろうからな」


 自分の肩の上のチーちゃんを、ニコニコしながら撫でるラーレ。

 もうどうでもいいや、と言う顔で眺めるアヤメとリリ。


 しばらくチーちゃんを可愛がったラーレは、思い出したようにアヤメに向かって言った。


「それより、アヤメさん、無事で良かったです」

「ああ……ウォールナットめ。前からユニークなやつだったが、あそこまでおかしくなっていたとはね。私一人じゃ止められなかった。助かったよ」

「ウォールナット教授……城ごと消し飛ばしちゃったなぁ。それで、血のアンプルの事って何かわかった?」

「あ」


 固まるアヤメ。


「え?」

「聞くの忘れてた……ごめん」

「ええー!」


 頭を抱えるラーレ。


「〈無菌郷ステライル〉の手がかりが、なくなっちゃった……」

「むむ! 血を吸い放題のパラダイス、〈無菌郷ステライル〉に行けないのか? それは困るぞ。なあ、チーちゃん」

「キシャア!」

「ご、ごめんよ、ラーレちゃん。色々と、それどころじゃなくて」

「い、いえ! アヤメさんを責めているわけじゃ……でも、これからどうしよう?」


 頭を抱えるラーレ。それを見て、恐る恐るリリが発言した。


「あの、えっと……ウォールナットさんは何か他に手掛かりになりそうなことを言ってなかったんですか……?」

「手掛かりねぇ、うーん」


 目を閉じて、ウォールナット教授の言葉を思い出すアヤメ。


「……〈室米むろめ人形社〉」

「え?」

「あの城のジェネレーターは、〈室米人形社〉の飛行戦艦のだ、って言ってたんだ」


 その時、ラーレが頭を抱え、突然苦しみ出した。


「うっ! ムロメ……室米……?」

「どうしたんだい?」

「ラーレちゃん? 大丈夫!?」

「ああ……何か、何かを、思い出しそう……!」


 ラーレの頭の中に、断片的な記憶が蘇る。


 けたたましい警報音――

 断続的な揺れ――

 狭い場所に押し込まれる感覚――

 窓の外を物凄いスピードで流れる地面――


「う、あああ……!」


 頭を抑え、地面に膝を突くラーレ。


「おい、小娘。どうしたのだ?」

「ラーレちゃん!」


 ラーレは肩で息をしながら、顔を上げた。


「はぁ、はぁ……大丈夫、もう大丈夫だよ」

「なんだったんだ?」

「でも、何か思い出しそうになった……どうやら私の失われた記憶と、〈室米人形社〉ってやつには関係があるのかも……」

「なんだって? しかし、いやまさか……だとすると」


 驚くアヤメ。リリが尋ねる。


「アヤメさん、〈室米人形社〉ってもしかして……」

「……」


 皆の視線がアヤメに集まる。やがて、アヤメは口を開いた。


「ああ。〈室米人形社〉は一時期世界を支配していた集団さ。そしてサイボーグ技術の産みの親でもある」

「でも、〈室米人形社〉は、世界がキノコの胞子に飲まれる少し前、今から百三十年程前に滅亡したはずです」

「ああ、そのはずなんだが……」


 ラーレが言う。


「アヤメさん。私、さっき少しだけ記憶が見えたんだ。私、空を飛んでた……いや、落ちてた? そんな記憶が見えた」


 目を見開くアヤメ。


「なんだって……! 確かあれは……そうか!」

「おい、医者の娘。一人で納得するな」

「キシャア!」

「アヤメさん、どういうことなんですか?」


 アヤメは言った。


「今からおよそ三十年前だ。巨大な飛行物体が突然現れ、ある場所に墜落したという噂が流れた。この時代ではもう建造不可能なほどの大きさで、もう存在しないはずの〈室米人形社〉の飛行戦艦だったんじゃないか、って噂されていたのさ。都市伝説の類だと思っていたけどね」

「まさか、私はそれに乗っていたの……?」

「血のアンプルが本当に三十年前の物なら同じ時期だ。ウォールナット教授はその墜落した物体からアンプルとジェネレーターを回収した、って可能性はあるかもね」


 ラーレは目を輝かせ、両手をブンブンと振りながら言った。


「アヤメさん! その飛行物体が落ちたって場所に行こう! 絶対何かあるよ! 次の目的地が決まったね!」

「あ、ああ……そうなんだけど……」


 煮え切らない様子のアヤメ。リリが尋ねる。


「アヤメさん、その飛行物体が落ちたって噂の場所はどこなんですか?」


 アヤメは答えた。


「キノコの森のど真ん中さ」


 一方その頃、キノコの森の最深部にキノコ人間たちが集まっていた。


 まるでステージのような大きな平たいキノコの周りに、名もないモブキノコ人間たちが集まっている。彼らが見上げる傘の上にいるのはキノコ人間の幹部たちだ。


 今ここでは、キノコ人間サルノ・コシカケの告別式が行われていたのだ。


「最強の戦士、サルノ・コシカケは死んだ!」


 壇上で司会を務めるのは、マツオウジ。妖狐の温泉旅館でラーレたちが出会ったキノコ人間の幹部だ。


「ううう……サルノ・コシカケ……一体なぜなの……」

「あいつの冥土の土産、もっと聞きたかったぜ」

「いつか、百個の傘スライサーを飛ばしてみるって、お前、言ってたじゃないか。早い、早すぎる!」


 サルノ・コシカケを忍ぶキノコ人間の幹部たち。集まるモブたちからも啜り泣く声が聞こえる。

 マツオウジがモブたちにも聞こえる大きな声で言った。


「我々は、弱い! それが明らかになった。次世代を生み出す時だ!」


 幹部たちが顔を上げる。目に涙を溜めた者、怒りに満ちた顔の者、号泣する者、必死に感情を抑える者……様々だ。だが、次の瞬間には皆、決意に満ちた表情へと変わった。


「マツオウジ。お前の報告、全部読んだぜ」

「五百ページの資料。ふふ、読むのが大変でしたよ」

「銀髪サイボーグ美少女、ラーレちゃん……なんて恐ろしい子なの!」

「まさかこんなに早く次世代を産む必要に迫られるとはなぁ。オイラ、びっくりだ!」

「ヌメヌメ!」


 マツオウジは幹部の顔を一人一人、ゆっくりと見回した。


「みんな、覚悟はいいな」


 幹部たちは無言で頷くと、手を繋ぎ輪になった。どよめくモブのキノコ人間たち。


「ああ! ついに幹部様たちが!」

「ヌメリイグチ様! 私を置いていかないで!」

「貴重な光景だべ。目に焼き付けておくべ」


 マツオウジはもう一度幹部全員を見回し、言った。


「さあ、行くぞ!」


 だが、マツオウジの隣のキノコ人間、ハエトリシメジは、掴んでいたマツオウジの手を払いのけた。


「な、何をするハエトリ!?」


 ニヤリと笑うハエトリシメジ。


「へっ、幹部が全員いなくなって、誰が新世代を導くんだよ……お前は残れ」

「な、なんだと!」


 キノコ人間の幹部たちはマツオウジに向かってニヤリと笑みを浮かべた。


「頼みましたよ」

「良い子に育ててよね」

「お前のデータはオイラの頭の中に入ってる。頑張って資料読んだぜ。任せろっ」

「ヌメヌメー」


 マツオウジは涙を堪え、皆の名を呼んだ。


「ハエトリシメジ、アンズタケ、バカマツタケ、ヌメリイグチ……そしてその他の幹部たち!」


 次の瞬間、マツオウジ以外の幹部たちが黄金の光に包まれた。幹部たちの体はドロドロと溶けるように形を失って混じり合い、一つの大きな球体となった。あたりに香ばしい匂いが立ち込める。

 そして、球体がパックリと割れ、中から真っ白な赤ん坊が姿を現した。


「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……」


 元気な産声を上げる赤ん坊。この星に産声が響くのは、随分と久しぶりのことだ。

 もちろん、生まれたのは人間の赤ん坊ではない。


 新世代キノコ人間の赤ん坊である。


 マツオウジは赤ん坊を高々と掲げ、言った。


「新世代のキノコ人間、我らの王! ノボリリュウ様の誕生だ!」


 キノコ人間たちの歓声が産声をかき消し、キノコの森を包んだ。


 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る