第26話 「ファイエル!」一度は言ってみたいセリフその二
「はぁ、はぁ……モーントさん」
気を失ったラーレを抱え、リリがやってきた。
「リリ。仇は討てたか?」
「……はい」
目に涙を浮かべながら、笑うリリ。処刑モードが解除される。
モーントが呼び出した怨念達はいつの間にか消えていた。
「うう……ルリ……やったよ……私……うう、うわーん」
座り込み、泣き出すリリ。
その泣き声を聞いてか、気を失っていたラーレが目を覚ました。
「ああ、よく寝た……あれ? かっこいい時のモーントがいる? なんで?」
キョロキョロとあたりを見回したラーレは、泣いているリリを見て驚いた。
「な……! やい、モーント、リリちゃんに何かしたな! 本気出すとかっこいいからって、何しても許されるわけじゃないぞ!」
「小娘……今はそんなことを言っている場合じゃないぞ。あとでいくらでも遊んでやる。今は、この城を止めるのが先だろう」
「え? 動いてるの? これ?」
「さっき壁を透過して見たら、外の景色が動いていたぞ。都市に攻め込むと言っていたしな」
「なんかよくわからないけど、アヤメさんと合流しないと! あ、そういえば、アミラーゼとグルコースは?」
「気がつくのが遅いよ……ラーレちゃん……」
「へ?」
「危機感のないやつだ」
◆ ◆ ◆
一方その頃、ラウンジのウォールナット教授とアヤメ。
今も〈ウォールナット城〉は近郊にある都市〈テスラシティ〉に向けて動き続けていた。
日はすでに沈んでいたが、わざわざ各所に取り付けられた光源により〈ウォールナット城〉は明るくライトアップされながら進んでいる。
「な、アミラーゼとグルコースの信号が途絶えた?!」
狼狽えるウォールナット教授。反対に笑みを浮かべるアヤメ。
「ほら、ラーレちゃん達を甘く見るなって言っただろう」
「ありえない。アミラーゼとグルコースがやられるなんて……くっ!」
「さあ、早くこの趣味の悪いデカブツを止めるんだ。あんたの負けだよ」
ザワザワ……
「お、おい、グルコースの旦那が、やられたって?」
「アミラーゼ姐さんまで? 一体どうなっているんだ?」
アミラーゼ達の敗北を知り、ラウンジにいた他の犯罪者サイボーグ達も狼狽える。だが、ウォールナット教授は突然高笑いを始めた。
「……フフフ……フフ……ファー! ハッハッハッ! あいつらがいなくなったって、僕にはこの〈ウォールナット城〉がある! 諦めてたまるか! 死ぬ前に、夢を叶えるんだぁ!」
「はぁ、ついにおかしくなっちまったのかい。高笑いなんてするようじゃ、倒されるのは秒読みだよ。可哀想に」
「う、うるさい! 何も出来ないくせに! 僕を止めて見せろ!」
バコーン!
その時、音と共に大きくラウンジが揺れた。
「な、なんだ!」
慌てて状況を確認するウォールナット。ディスプレイに映し出された〈ウォールナット城〉の胸にはポッカリと大きな穴が開いていた。
「な、なにー! 美しい大胸筋が! あそこの造形には苦労したんだぞ! 一体誰がこんなことを!」
その大きな穴から、黒い霧を纏った何かが飛び出してきた。
「あれはなんだ!」
「鳥か!」
「飛行機か!」
「いや……」
狼狽えるウォールナット教授と犯罪者サイボーグ達。一人、ニヤリと笑うアヤメ。
「吸血鬼だね」
それは、満月の夜空に浮かぶ、黒い羽を広げたモーントだった。
両腕にはそれぞれラーレとリリを抱えている。
楽しそうなラーレ。引き攣った顔で足をバタバタさせるリリ。
「うわー、相変わらず変わった飛行ユニットだねー」
「ひ、ひええ……高い所怖いよぉ」
「ははは、リリ。さっきの威勢はどうした? しかし、デカい胸像だな。ウォールナットというやつは自己顕示欲の塊か?」
ライトアップされながら進撃する〈ウォールナット城〉を、上空で羽ばたきながら見下ろすモーント。
「実に不快だ。ぶっ壊せるか? 小娘」
「ふぇ? うん、試してみるね」
モーントに抱えられたまま、ラーレは右腕の人差し指からビームを放った。
カッ!
すると、閉じていた〈ウォールナット城〉の眼が突然開き、それと同時に巨大なバリアを展開した。
バチィ!
「あ、弾かれた」
「むむ、防御魔法か」
「あ、あれは……かなりの出力のバリアですね……」
「うーん、あの様子じゃ、本気出さなきゃダメかもなぁ」
「じゃあ、勿体ぶらずに本気を出せ、小娘」
「でも、アヤメさんを巻き込んじゃうかも。せめて、どこにいるか分かれば」
「そうか、では呼んでみよう」
「へ?」
一方、ラウンジ内のアヤメ達。
「ハーッハッハッ! 〈
「ちょっと待った、それってまさか墜落したっていうあれか?」
「ふん、あなたに説明する義理はないですよ」
その時、アヤメの頭の中に声が聞こえてきた。
(……聞こえるか? 医者の娘よ……)
「はっ! これが、頭の中に直接、ってやつかい?」
(声を出すとバレてしまうぞ。考えれば私に伝わる)
(おっと……)
幸い、ウォールナットや犯罪者サイボーグたちは外を飛ぶモーントたちに気を取られ、アヤメの様子には気がついていない。平静を装い、アヤメは頭の中でモーントと会話を続けた。
(こいつを止めないとヤヴァイんだ。ウォールナットはこれで都市に攻め込むつもりだ)
(そのようだな。今からラーレが本気を出す。そこから逃げられるか?)
(私はおでこのラウンジにいる。そして、残念ながら私には羽は生えてない)
(問題ない。逃げる準備をしろ)
(はあ? ちょっと待ってくれ! それに、こっちにはウォールナット以外にも犯罪者サイボーグがいるんだよ)
(何も問題はない)
それきり、モーントの声は聞こえなくなった。
「一体どうするつもりだ?」
その時、ウォールナット教授が叫んだ。
「次はこっちの番です。〈荷電波動ウォールナット粒子投射砲〉を放つのです! こうなったら全部ぶっ壊してしまうのだ!」
「ウォールナット粒子ってなんだよ……そんなの無いよ!」
「うるさい! バリア解除! 放て!」
再び、上空のモーント達。
「ねえ、何してるの? モーント。ぼーっとして」
「アヤメと話していた。作戦が決まったぞ」
「へ?」
その時、〈ウォールナット城〉の眼が大きく見開かれ、眩い輝きを放った。
「む!」
ギューン!
〈ウォールナット城〉の両目から青色に輝く細い光線が放たれた。避けるモーント。光線は地平線の彼方まで飛んでいき、まるで太陽が登ったかのような明るい光が一瞬広がった。
「うわー、何あれぇ」
「……あっちには都市は無かったはず……良かった。すごい威力です。あれが都市に撃たれたら……」
「ふむ。負けてられないな、小娘。寝ていた分の活躍をするのだ」
「よーし! 任せて! ぶっ放すぞぉ」
「では、まずはリリからだ。刀を構えろ!」
「え……なんできゃあー!」
モーントはリリを〈ウォールナット城〉のラウンジのある場所目掛けて思いっきり放り投げた。
猛スピードでラウンジの窓に迫るリリ。
「いやだぁーーー助けてぇ!」
一方、ラウンジ内のウォールナット教授たちは、飛んでくる何かに気がついた。
「おや、何か打ち出したのか? まずい、バリアを貼り直せ!」
「間に合いません!」
「あれは……」
〈荷電波動ウォールナット粒子投射砲〉とかいうトンチキ光線を放つため、一時的にバリアは解除されていたのだ。まっすぐ飛んできたリリは刀を抜き、ラウンジのガラスを突き破って勢い良く室内に突入した。
バリーン!
「うわー! なんか来た!」
「り、リリちゃん?!」
「う……うええ、ひどいよ、モーントさん。ちょっとかっこいいと思ってたのに……」
「ええい、であえ、であえ!」
割れた窓から風が吹き込む中、犯罪者サイボーグ達がリリを取り囲む。だが、彼らを見てリリの目の色が文字通り変わった。
『ピピピ……全員悪人ポイント百以上! 判決は死刑です』
「キュピーン! 全員処刑します!」
「な、なんだこいつ! 自分でキュピーンって言ったぞ!?」
ポニーテールに軍帽、金色の瞳の処刑モードに瞬時に変身するリリ。ライフルに取り付けた刀で、室内にいた五人の犯罪者サイボーグをあっという間に全員真っ二つにしてしまった。
「ば、バカな!」
「よそ見してんじゃないよ! この変態め!」
ボゴォ!
「ぐへっ」
ウォールナット教授の顔面をアヤメが思いっきり殴りつけた。一撃で昏倒するウォールナット。処刑対象の犯罪者がいなくなり、通常モードに戻っているリリ。
「はあ……はあ……アヤメさん、無事ですかぁ……」
「ああ、ありがとう。さて、これからどうするのかな?」
「さあ……?」
(飛び降りろ)
頭の中に響いたモーントの声に、顔を見合わせるアヤメとリリ。
「……へ?」
「だってさ! 行くよ。じゃあな、ウォールナット、そのうち地獄で会おう」
「ひえええ……!」
アヤメはウォールナット教授に奪われていた自分の小型レールガンを取り返すと、リリを抱えて割れた窓から飛び降りた。
ラウンジがあるのは、百五十メートルの高さの〈ウォールナット城〉のほぼてっぺんだ。はるか下の地面に向かって猛スピードで落下するアヤメとリリ。
「た、助けてぇー! もういやだぁ!」
「ヒュー、楽しいねぇ!」
バサアッ
落下していく二人を素早く黒い霧が受け止めた。モーントだ。空中でアヤメとリリをキャッチしたのだ。
月夜に照らされたモーントがニヤリと笑った。
「何も問題はないと言っただろう」
「あはは、ヒロインにでもなった気分だよ。本当に面白い生き物だね!」
「うう……川の向こうでリサが手を振ってた……」
楽しくなってきたアヤメ。リリは青い顔でピクピクしている。
「ところで、ラーレちゃんは?」
「あそこだ」
モーントがさらに上空を指差す。
そこには満月をバックに、一対二枚の白い翼を広げたラーレがいた。
言葉を失うアヤメ。
「ええ……」
「あ、綺麗……私も羽生やして欲しかったな……」
「一時的に翼を授けておいたのだ。翼のデザインは小娘の深層心理を反映している」
「なんかよくわからないけど、仕上げの時間だね」
「ああ、そうだ。小娘、やってしまえ」
上空でニッと笑うラーレ。ラーレは右腕を前に出し、指を「フレミングの右手の法則」の形にすると、エネルギーを貯め始めた。
シュン、シュン、シュン……
「おお、〈フレミング・フルバースト〉かい?」
「もっと本気だと言っていたぞ」
「なんだって?」
ラーレの右腕に光が集まる。だが、ラーレは今度は左腕を前に突き出した。
「まさか、両腕?」
左の指先を、右腕と同じ形にしたラーレ。
そう「フレミングの左手の法則」の形だ。意味は忘れていても構わない!
ラーレは両腕を揃えて前に突き出した。
背中の羽が増え、三対六枚になる。
強大なエネルギーが溜まり、紫色の雷のようなものが腕の間でバチバチと光を放つ。
「
なぜかドイツ語で叫ぶモーント。ちなみに意味は、「撃て!」だ。
「くっらえー! 〈ダブル・フレミング粒子砲〉!」
ズズズズ……
吸い込まれそうな低音があたりに鳴り響く。そして、
ブォン
空間を引き裂くような音と共に、紫色の雷を伴った真っ黒い極太のビームがラーレの両腕から発射された。
展開されたバリアを物ともせず、〈ウォールナット城〉に直撃するビーム。あまりのエネルギーに空間が歪み、〈ウォールナット城〉がぐにゃぐにゃに捩れて見えた。
「な、なんだありゃ……そしてフレミング粒子ってなんだ……」
「わあ……綺麗だなぁ、うふふ」
「ほほぉ! 次元魔法だな! ハハハハハ! さすがだ!」
絶句するアヤメ。
なんだかよくわからなくなって恍惚とした表情を浮かべるリリ。
二人を抱えながら、楽しそうなモーントは被害を受けないように上空まで上昇する。
次の瞬間、
チューン……
甲高い音がして、〈ウォールナット城〉が空間ごと内側に折り畳まれた。
そして、
ゴバッ! ズォオオオオ……
エネルギーが解放され、巨大な爆発が巻き起こった。熱風が渦巻き、夜だということをすっかり忘れるほどの光が辺りを包む。
巨大なキノコのような黒い雲が現れた。
「うへへへ……き、気持ち良すぎる……エクスタシーだぁ……」
上空で、ラーレは幸せそうに気を失った。
途端に羽が消え、落下を始めたラーレ。素早く、黒い翼が受け止める。
モーントがラーレをお姫様だっこしていた。アヤメとリリはその傍で、不思議な力で浮いている。
ごくりと唾を飲むアヤメ。
「まさに、戦略兵器だ。ラーレちゃん、一体、君は……」
リリはお姫様抱っこされたラーレを無言で少しだけ羨ましそうに見ていた。
「ふむ、まるで死の神だな。さて、そろそろ戻らねば、チーちゃんの魂を使い尽くしてしまう……夜空の時間は終わりだ」
ゆっくりと、地面に降下していくモーントたち。
煙が晴れ、〈ウォールナット城〉があった場所が顕になる。半球状に抉り取られたように砂漠の砂が無くなり、その下にドロドロに溶けた岩盤が露出していた。〈ウォールナット城〉は、残骸すら残らずに消え失せていた。
それを見て、モーントが呟く。
「まるで死の神だ」
続く
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