第25話 仇討ち

「は……はは、お前、なんなんだネ!?」


 グルコースの歯が真っ赤に光る。警戒色だ。赤く光るのは初めてのことだ。

 アミラーゼがヨロヨロと立ち上がった。


「グ、グルコース……逃げるのだワ……」

「そんな……ありえないネ、この私たちが……」


 天井に立っていたモーントは、いつの間にか音もなく床に立っていた。


「チーちゃんの……私はこの手の術は苦手でな。少し手間取ってしまった。リリよ、よく時間を稼いだな」


 金色に輝く瞳で見つめられ、リリは恐怖を忘れてモーントに見惚れていた。


「は、はい……ありがとう……ございます……」

「ふっ。さて、そこのボロ雑巾ども。私は怒っている。理由は言わなくてもわかるな」

「ふ、ふざけるんじゃないワ!」


 ドン!


 アミラーゼはモーントを睨みつけ、重力プレスを放った。だが、モーントは何事も起こっていないような涼しい顔だ。


「どうした? もしかして、攻撃しているのか?」

「なんなのだワ! ありえないワ! ウィザードシリーズの重力兵器が効かないのだワ!」

「おい、頭が高いぞ」


 モーントはアミラーゼに向かって人差し指を立て、それをクイッと曲げた。


 ドグシャ!


「あワああワあっー!」


 アミラーゼの頭が見えない強力な力で床に押し付けられた。アミラーゼは必死に起きあがろうとジタバタと足掻くが、頭は床にめり込み、びくともしない。


「た、助けて! 頭が! ワれる! 割れちゃうワ!」

「随分と硬い頭蓋骨だな。しばらくそこにいろ。さて……」


 モーントがグルコースを睨む。


「お、お前なんて焼いてやるネ!」

「ふん、せっかくだ。貴様はリリに任せよう。できるな?」


 モーンとはリリを見た。リリの服は焼け落ち、ボロボロだ。だがリリは立ち上がり、モーントに向かって頷いた。


「やれます。処刑します、私が!」

「よし。だが、それでは格好が付かんだろう。ほれ」


 モーントが手をかざすと、リリの体が霧に包まれ、焼け落ちた服が元に戻った。


「ええ?!」

「もう一つ……『怨魂投影えんこんとうえい』」


 モーントがパチンと指を鳴らした。すると――


 突如、大量の人間が周りに出現した。


「な、なに?」

「これは、あやつらに殺された人間だ。恨みの形で取り憑いていたものを見えるようにした。物理的には干渉できないがな。面白い余興だろう」


 出現した大量の人間達はよく見れば皆少し透けている。彼らは恨みのこもった目でグルコースとアミラーゼを取り囲んだ。


「う、うう……! く、来るなぁ!」


 周囲の怨念達に、炎を振り撒くグルコース。だが、炎は素通りするだけだ。

 その時、リリの横にそっと寄り添う影があった。


「え? まさか……まさか! ルリ!」


 そこにいたのは、軍服姿の少女だった。グルコースに殺された人間。それには当然ルリも含まれる。

 ルリの手を取ろうとするリリ。だが、虚しくすり抜けてしまう。


「ルリ、ごめん、私のせいで……ずっと謝りたかった。ずっと会いたかった」


 今のルリは喋れない。ルリは無言で首を横に振った。そして、リリの胸を指さした。ハッとするリリ。


 リリの体が輝いた。


「そうか……そうだね。あなたはずっと、ここにいた……私はずっと一人じゃなかった」


 リリの長い黒髪がポニーテールになり、真っ赤な瞳が真っ赤に燃え上がる。


「処刑モード! 変身完了! もう、大丈夫だよ。ルリ。さあ、行こう!」


 リリは軍帽を深く被った。その横には軍服姿の少女が静かに寄り添い、共にグルコースを睨みつけた。


「さあ、炎使いは任せたぞ。私は重力使いで遊んでくる。仇を打て」

「はい!」


 モーントは地面でもがき苦しむアミラーゼの元に行くと、サッカーボールでも蹴るようにその頭を蹴り飛ばした。


「ワッグエッ!」


 吹っ飛んで部屋の壁に突き刺さるアミラーゼ。モーントはリリに向かって軽く片手を上げると、アミラーゼの方へ悠然と歩いて行った。


 残されたのは、グルコースとリリ。だが、ついさっきとは違う。


 怨念に囲まれ取り乱すグルコース。

 かたや、決意を込めた燃える瞳のリリ。


 リリは刀を鞘から抜き、それをライフルの先に銃剣のように取り付けた。それに気づき、グルコースは血走った目を向ける。


「うおおおぉ! こんなものだたの立体映像なんだネ! 来い、ライフルの娘! お前は敵じゃないネ! あの金髪に助けを乞う前に、お前だけでも焼いてやるネ!」

「私は、もう恐れない」


 リリは片手でライフルを構え、銃弾を発射した。


 ターン!


 ガキーン!


 グルコースの腕の装甲に弾き返される弾丸。グルコースは歯を点滅させた。


「そんなものは効かないネ!」


 構わずライフルを撃ち続けるリリ。


 ターン! ガキーン!


 ターン! ガキーン!


 ターン! ガキーン!


 ……


 正確に、腕の同じ場所に銃弾を当てるリリ。ライフルのマガジンを全て撃ちつくし、新しいマガジンに交換する。


「何度やっても無駄だネ!」

「そうでしょうか?」


 リリは大きく身を屈めると、刀を取り付けたライフルを前に突き出し、勢いよくグルコースに向かって飛び込んだ。


「無駄だネ! 刀ではこの装甲は通らな、うっ!」


 腕の装甲でガードするグルコース。

 だがリリは、その装甲の隙間に正確に刀を差し込んた。


「な、なんだネー!?」


 リリの持つ対サイボーグ刀は、本来サイボーグのスキンバリアーを破るための武器だ。特殊合金で作られた厚い装甲を貫くのは難しい。そこでリリは、衝撃弾を何度も当てることで装甲を歪ませて隙間を作り、そこに刀を通したのだ。


「そして、私がさっき装填したのは燃焼弾! 喰らえ!」


 リリはライフルの引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、刀がこじ開けた隙間からグルコースの腕の内側に侵入し、破裂。そして破裂した燃焼弾はグルコースの内部に蓄えられていた燃料を発火させた。


「グネアアあああああ!」


 叫び声と共に燃え上がるグルコース。腕から内部機構を通って全身へと一気に回った炎により、グルコースは「内側から、強火で、しっかりと」焼かれることになった。


「あああ……あああ」


 徐々に弱まっていく声。溶けた内部の部品なのか、その両足の間からポタポタと何かが垂れている。それを見てリリは言った。


「漏らしたんですか? 汚いですね」


 グルコースは燃えたまま、がっくりと膝を突き、それきり動かなくなった。


 リリは軍帽をキュッと深く被り直し、言った。


「処刑、完了……やったよ、ルリ」


 それを聞いた半透明の軍服姿の少女は、にっこりと笑って、消えていった。


 ◆ ◆ ◆


 一方のモーント。

 アミラーゼの頭を片手で掴み、持ち上げる。


「や、やめるのだワ……」

「駄目だ。お前は私のチーちゃんを酷い目に合わせ、眷属候補を殺した……」

「眷属候補……?」


 モーントは一人小さく笑う。


「ふっ、私が誰かの死に怒るとはな。弱くなったものだ」

「な、何を……」

「黙れ」


 バッ


 アミラーゼの体が全て吹き飛び、モーントの手には剥き出しの脳が握られていた。脳からは繋がった脊髄がだらりと垂れている。


「人間の部分はこれしか無いのか……ふむ」


 アミラーゼの脳を握るモーントの腕の先に、霧が立ちこめる。やがてそれは一人の生身の人間になった。現れた人間を床に投げ捨てるモーント。


「ぐはっ……ゲホ、ゲホッ、な、何が起こった……ゲホ、ゲホ」

「なんだ、お前、男だったのかぁ」


 戸惑い、咳き込みながらキョロキョロと周りを見回す男。


「お前の脳を中心に、時を戻した。つまり生身の人間に戻した」

「は、はあ?!」

「初めてやったが、どうやら時間魔法は苦手のようだ。触れたものしか戻せないし、魔力消費も激しい。多用は出来ないな」

「な、何を言っているのだワ……ゴホッ、ゲホッ、う、うわあ、こ、これは!」


 人間の男に戻ったアミラーゼの体の至る所からキノコが生えてきた。同時に激しく咳き込むアミラーゼ。


「う、ごほっ……ごぼっ……ごぼ」


 血を吐き、痙攣するアミラーゼ。モーントは興味深そうにそれを見つめる。


「なるほど、生身の人間がキノコの胞子を吸うとこうなるのか。これでは血にも胞子が混ざっていそうだ。飲まない方が良いな……どのみち、お前の血は飲みたくないがな」


「ごぼっ……キノコ人間になりたく……ないワ」

「そうか。じゃあその前に処刑だな」


 モーントがニヤリと笑い、片手をスッとかざすと、男が宙に浮いた。


「お前の全身の骨を、関節ごとにそれぞれ逆方向にひねる」

「へ?」


 次の瞬間、アミラーゼの全身がねじれた。

 人差し指の第一関節から先が右回転、その後ろが左回転、第二関節から後ろは右回転……こんな具合に。


 バギバキバキバキバキバキ……


「ぎ、ぎゃあああワあああワあああ!!!!!」


 グシャ


 まさにボロ雑巾のようになったアミラーゼを床に投げ捨てるモーント。そんな状態になっても、生身のアミラーゼの体からはどんどんキノコが生えてくる。


「じっくり強火で焼いておこう」


 アミラーゼが燃え上がる。魔力を秘めた真っ黒な炎だ。生えていたキノコもろとも、アミラーゼは跡形もなく塵となった。


 こうして処刑の時間は終わった。


 続く

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