第24話 勇気と本気

「あなたがここに自らやって来たのは運命だ。アヤメさん、私と結婚してください。私はあなたのことは大嫌いですが、その技術は認めています。そのあなたの遺伝情報が欲しいのです。私の遺伝子を掛け合わせ、優れた子孫を後世に残しましょう」


 〈ウォールナット城〉のラウンジからは、沈みつつある美しい夕日が見えていた。その夕日をバックに、アヤメに最低のプロポーズをするウォールナット教授。

 アヤメはようやく、呆気に取られた顔から、蔑みの顔に表情を切り替えた。


「ふざけるんじゃないよ。ロマンもへったくれもないね。まだ遺伝子だけくれ、って言われた方がマシだよ。どちらにしろ、お断りだ」


 ウォルーナット教授は鼻で笑った。


「ふん、まあそう言うと思いましたよ。ですが、私の軍団の力を見れば気持ちは変わるでしょう。材料は揃った! 今すぐ都市への侵攻を開始する!」

「ま、待て!」


 ウォールナット教授は通信機で部下に指示をした。


「〈ウォールナット城〉起動だ! 目標は〈テスラシティ〉! 制圧後、結婚式を執り行う!」


 すると、轟音と共に〈ウォールナット城〉が激しい揺れに包まれた。


「まさか!」

「そう、この〈ウォールナット城〉は移動要塞なのですよ! このまま街に攻め込みます。ロマンでしょう?」

「これだから男は! こいつはヤヴァイ!」


 ラウンジの窓から見える景色が徐々に変化していく。〈ウォールナット城〉が上昇しているのだ。ウォールナット教授の前に浮かぶディスプレイには、砂に埋まっていた城の下部が顕になる様子が映し出されていた。

 砂の中から現れたのは、〈ウォールナット城〉のだった。

 太い首、発達した大胸筋が盛り上がる胸部……巨大な男の裸の上半身だ。肩から先は無く、胸から下は巨大なホバークラフトになっていた。いわば超巨大な胸像である。その高さは頭を含めて、なんと百五十メートルだ。


「本当は全身作りたかったのですがね。さて、あなたは特等席で観覧していてください」

「くっ……!」

「グルコースとアミラーゼも呼び戻しますか。……おい、都市への侵攻を開始する。戻ってこい」


 ◆ ◆ ◆


 突然の揺れに戸惑うラーレ達。一方、グルコースとアミラーゼは歓喜していた。


「ついに侵攻を開始するみたいだネ。ウォールナットが早く戻ってこいって言ってるネ」

「都市丸ごとの殺戮、楽しみだワ」

「やい、何言ってるんだ!」


 グルコースの点滅する歯の光が薄暗い部屋を照らす。


「これから犯罪者サイボーグ軍団が都市に侵攻するんだネ」

「そんなことさせないぞ!」

「君はその前にスクラップだネ」

「手早く片付けるワよ」


 ドン!


 アミラーゼがラーレを睨んだ次の瞬間、ラーレの立っていた足元がベコリと円形に大きく凹んだ。


「ラーレちゃん!」

「ぬっ、小娘!」

「大丈夫! これくらい!」


 ラーレは自分の周りに半球状のバリアを展開していた。


「あら、そんな真似も出来るとは驚いたワ。私の重力プレスに耐えるなんて……いつまで持つか見ものだワ」


 アミラーゼが攻撃の出力を上げた。見えない腕で押さえつけられるように、ラーレの足が地面にめり込む。だが、ラーレは余裕の表情だ。


「へへ! こんなもん? 床が先に壊れちゃうよ?」

「じゃあ、これはどうかネ」


 今度はグルコースが両腕を上げ、そこから放った炎をラーレに向かって浴びせた。真っ赤な炎に包まれるラーレ。


「ちょっとあったかいかな……でも大丈夫!」


 アミラーゼとグルコースはラーレに向かって攻撃を続ける。バリアで防いでいるものの、アミラーゼの重力プレスで床に押し付けられ、グルコースの炎で包まれたラーレは身動きが取れない状態だ。

 モーントが叫ぶ。


「処刑人の方の小娘! 今のうちに攻撃しろ! 今の私では戦えん」

「キシャア!」

「……う、うん。でも……何かがおかしい……」


 リリは何か引っ掛かるものを感じていた。


「何かマズイ気がする……直接燃えてなければ熱の影響はそこまで無いはずだけど……はっ! ラーレちゃん、酸素生成機能を使って!」

「え? よく聞こえないよ、リリちゃん……あ、あれ……なんかフラフラする……」


 だが、もう遅かった。

 グルコースの七色の歯がチカチカと点滅する。


「ドレスの小娘は強いけど経験がいまいちだネ。見ていてわかったんだネ」

「ラーレちゃん!」


 ラーレは気を失い、倒れてしまった。勝ち誇ってガッツポーズをし、笑みを浮かべるグルコース。


「周りでずっと火が燃えたら、酸素が無くなるよネ」


 ラーレが倒れたのは酸欠のためだ。バリアを完全に包み込んでグルコースの炎が燃え続けたため、バリア内の酸素が不足したのだ。

 ほとんどの敵を秒殺してきたラーレは、このような攻撃には慣れていなかった。


「さて、頭にゼロ距離で着火して、脳を確実に焼こうネ。強火でしっかりネ」

「ああ、ラーレちゃん! そんな……いや、いやだ、また……」


 脳裏に目の前でルリが燃やされた光景が蘇り、リリはヘナヘナと床に座り込んでしまう。グルコースは倒れているラーレにゆっくりと近づいていく。


「くっ、待てぃ! 私の眷属候補に手を出すな!」

「キシャア!」


 チーちゃんに跨ったモーントが飛び出す。だが、


 グシャア


「ぐはぁ!」

「キシェェ!」


 アミラーゼの重力プレスが、モーントとチーちゃんを襲った。


「変な生き物。邪魔しないでほしいワ」


 モーントの下半身、そしてチーちゃんの体が潰れていた。


 地面に黒いシミが広がっていく。モーントのバックパックも潰れ、中の人工血液がそのシミに混ざって不思議なマーブル模様を描いていた。


「がはっ……! 私が、こんな奴らに……チーちゃん!」

「キ、キシャキシャア……」

「なに? そんなことをしたら!」


 床に倒れるモーントと、見るからに瀕死のチーちゃん。アミラーゼはその様子をちらりと一瞥してから、グルコースに向かって言った。


「放っておいてもすぐに死ぬワね。それよりグルコース、早くドレスの娘を焼くのだワ」

「すぐにやるネ。脅威なのはコイツだけだからネ」


 グルコースの太い右腕が、ラーレの頭を鷲掴みにしようとした。その時――


 ターン!


 キーン!


 グルコースの右腕の関節に銃弾が命中した。振り返るグルコースの視線の先には、震えながらライフルを構えるリリの姿があった。


「わ、私もいるぞっ……! ラーレちゃんに近づくな! 処刑、処刑するっ!」


 ニヤリと笑い、七色に輝く歯を剥き出すグルコース。


「お漏らし装置の実装が済んだのかネー?」

「だ、黙れ……! 怖くない、怖くない、怖くない……」

「偉いネ。でも、さようならだネ」


 グルコースはリリに向かって炎を放とうと、右腕を上げる。だが、ギシギシとぎこちない音がして腕がうまく動かない。


「おや? 衝撃弾かネ。しかもイヤな所に当てたネ」

「油断したワね。グルコース」


 通常、サイボーグの表面は人口皮膚で覆われているが、グルコースは自らの扱う炎で劣化するのを嫌い、金属製の装甲を纏っていた。硬くて曲がらない装甲は、必ず関節部分に隙間が生まれる。ラーレはその関節部分に銃弾を正確に当てた。

 衝撃により関節が歪んだのだ。


「はあ、はあ……わ、私は、お前を倒すために……ずっと対策を考えて来たんだっ……!」

「そうなんだネ! でももう効かないネ」

「このっ!」


 ターン!


 バキン!


 左腕の関節を狙って放たれたラーレの銃弾は、グルコースの太い二の腕の装甲に防がれてしまった。


「狙うのがわかっていれば防ぐだけだネ。だたの時間稼ぎだネ!」

「うう……!」


 グルコースが左腕を上げた。


「まずは弱火でネ」


 瞬く間に炎がリリの全身を包み込む。


「ああああ! 熱い! 熱いよぉ! いやぁ!」


 リリはバタバタと地面を転がった。グルコースの剥き出した歯が激しく点滅する。彼にとって、相手、特に弱者が苦しんで燃えるのを見るのは至福の時間だ。


「グルコース。趣味は仕事の後にするのだワ」

「わかっているネ。そこで燃えていると良いネ。まずはドレスの娘の方だネ。ライフルの娘はその後で、弱火でじっくりと楽しみながら焼くからネ」


 グルコースは再び、意識を失ったラーレの頭に手を伸ばした。だが――


 ターン!

 

 バキン!


 放たれた銃弾は今度はグルコースの後頭部に当たり、跳ね返った。グルコースが面倒くさそうに振り返ると、煙の中でリリが荒い呼吸をしながらライフルを構えていた。

 リリの服は燃えてしまったが、体を覆う炎は消えていた。体からはシューという音と共に何かのガスが噴き出している。


「おや、消火装備とは。珍しいものを付けてるワ」

「はぁ、はぁ、対策を考えたって……言ったでしょ……」

「でも関節を狙えないくらい弱っているネ。それに炎が消えたら、何度だってまた着火すれば良いネ!」

「ひっ……!」


 今度こそ終わりだ。思わず目をつぶるリリ。

 だが、リリの体を包みこむはずの炎はいつまでも飛んでこなかった。


「え?……」


 リリが恐る恐る目を開けると、グルコースが何かを見つめ、怯えていた。


 グルコースの前に転がるのは、ビクビクと痙攣するアミラーゼだった。


「……? あ、ああ……れ……おかしいワ……?」


「ア、アミラーゼ……? いったい何が起こったんだネ……!」


 狼狽えるグルコース。


 次の瞬間


 ――闇が濃さを増した。


「処刑人の小娘……いや、リリ。よくぞラーレを守ったな。おかげで間に合った」


 落ち着いた小さな声なのに、どこにいても聞こえるような不思議な声だった。


「え……モーントさん?」

「ど、どこだネ!?」


 キョロキョロとあたりを見回すグルコース。再びモーントの声がした。


「ここだ。貴様のが高いから、私が上に来てやった」


 グルコースが天井を見上げると、モーントが


 逆さまのはずなのに、長い金髪が美しく肩に流れている。

 闇で出来たような黒いジャケットに、月のような白いシャツ。

 そして胸に輝く、血のような宝石。


 舞踏会にでも出るような、美しい貴族の装いだった。

 だが、これから始まるのが舞踏会ではないことは、この場にいる全員が直感で気がついていた。

 そう、これから始まるのは、処刑だ。


「あ、あ、ああ……」


 あのグルコースが、ガタガタと震え出した。モーントが逆さまのまま、ニィと笑って言った。


「さあ、楽しい処刑の時間だ。判決は死刑。そうだな?」


 続く

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